絵本『ロスト・シング』に、わざとズレた解釈をしてみた【ショーン・タン】

目次

 

今回、ご紹介するのは、ショーン・タン作の絵本『ロスト・シング』。

主人公の少年がある年の夏にみつけた「迷子」を、あるべき場所に

送り届けるまでの物語。以下、リンクを兼ねた画像です。

 

 

この画像は小さいですが、現物はタテ約32.3センチ×ヨコ約24.3センチの大型絵本。

 

あらすじ

 ある年の夏、ビンの王冠集めをしていた少年は、浜辺で奇妙な生き物をみつけた。少年はしばらくその生き物を観察していたが、誰もその生き物に気がついていないようだ。少年はその生き物に近づいて話しかけ、夕方近くまで一緒に遊んだ。

 しかし、誰もこの生き物を迎えに来ない。どうやら、この生き物は迷子らしい。少年は、この迷子をあるべき場所に送り届けてやることにした。

 

読んだ感想(ネタバレ注意)

 この絵本は『アライバル』よりも気軽に読めるので、たまに読みかえしています。赤いヤカンのようなものに入ったヤドカリみたいな「迷子」は、見慣れるととても愛らしい。人間の気を引くためなのか、赤いベルを持っています。

 主人公は友人のピートにこの迷子を見せて「飼い主」を探しているんだと相談しますが、ピートは「飼い主なんかいないのかもしれない」と答えます。それどころか、「最初から帰る場所なんかないのかもしれない」とさえ言います。世の中には「ただ居場所がない」ものがあるのだと言うのです。存在しているからには居場所があるというのは人間の思い込みなのかもしれません。人間の場合、居場所は探してみつけるものじゃなくて、自分で作るものなのかも。

 仕方なしに主人公は迷子を自分の家に連れ帰りました。そしてどうやってか、この大きな迷子を家の中に入れます。なぜか両親は最初、この迷子の存在に気づきません。しかし猫はこの迷子をガン見しています。猫はやはり勘が鋭い。

 両親はこの迷子を元の場所に捨ててこいと言いますが、少年はこの迷子を物置に泊めてあげて、エサをあげました。この迷子のエサはクリスマスツリーの電飾だったというのもおもしろいですが、私がびっくりしたのは迷子が入っている赤いヤカン(?)のフタの内側に、何かメーターのようなものがついている点です。この子、メーターの表示が読めるほど知能が高いのか? 実は知的なのでは?

 翌日、主人公が、この迷子をどうしようかと考えていると、ある新聞広告に目がとまりました。少年は、この広告に載っていた「国家 ハンパ・ガラクタ管理局」にこの迷子を預けることにして、迷子とともに街へ出発します。

 主人公と迷子が着いたところは、窓がない灰色のビル。主人公はここで書類に記入して、迷子を預けようとしましたが、そこに居合わせた用務員らしき人(?)に、「ここに置いてっちゃいけない」と言われます。そして、矢印が描かれた名刺のようなものを渡されました。どうやら、この矢印を探してたどって行けば、迷子をあるべき場所に帰せるようです。

 主人公と迷子が矢印をたどって着いたのは、「名もない路地の奥、ビルとビルの暗いすきま」*1にあるブザーの前でした。主人公がこのブザーを押すと大きな扉が開き、様々な姿をした「迷子」まみれの不思議な空間につながります。主人公はこうして、迷子をあるべき場所に送り届けることができました。

 主人公は「あそこにいただれにとっても、あそこは本当の家じゃなかったんだろう」*2と回想します。人間がおらず「迷子」たちだけがいる、「迷子」たちがいじめられない場所はある。でも、彼らが確固として属している場所はない、という意味でしょうか。彼らがあそこに帰っても、途方に暮れなくなるだけで、さみしさはなくならないのかもしれませんね。

 本当に「迷子」なのは、どちらなのでしょう。彼らが「迷子」ならば、私たち人間も実は「迷子」なのではないでしょうか。少なくとも私には、「自分は迷子じゃない」

と胸をはって言える自信はありません。

 

わざとずらした考察(ただの妄想)

 この作品を読み返してみて思ったんですけど、この奇妙な生き物を「どこか風変わりで、さびしげで、途方にくれたような様子をしている」*3迷子だと思うのは人間の勝手な判断なのであって、実はこの「迷子」ちゃんは人間の世界を研究している学者だったのかもしれない。彼らは人間にとってよくわかない存在なのですから、無知で非力だとは限りません。今回の「迷子」ちゃんは人間の世界にフィールドワークに来ていて、帰り道もわかっていたのかもしれない。途方に暮れてさみしそうに見えるのは彼らが人間の協力者を得るための策略で、みつけた人間を案内人として利用しているとも考えられます。途方に暮れてさみしそうに見えるものに反応するのは子供か優しい大人でしょう。とりあえずこういう雰囲気を出しておけば、友好的な人間が寄ってくることを学習したのではないでしょうか。

 こんな風に考えるとさらに想像が膨らみます。今回の「迷子」ちゃんは、むこうの世界で「私は今回、少年に発見された。あの子の友人は鋭い観察眼を持っていて、私に飼い主はいないことをすぐに見抜いた。一瞬、正体がバレたのかと思ってヒヤヒヤしたよ。子どもと猫は油断ならないね」なんて、友達の学者に話しているのかもしれません。こう考えると楽しい。

 まあ、実際には作者がご自分の「居場所のなさ」、さみしさを「迷子」に例えて表現した絵本なのでしょうが。

 

映像化作品へのリンク

作者が10年の月日を費やして、この作品を映像化しています。

以下、Youtubeへのリンクです。

 

kayıp şey / the lost thing - shaun tan - YouTube

 

以上。絵本『ロスト・シング』に、わざとズレた解釈をしてみた件をお送りしました。

 

*1:本書 本文より。本書にはページ数の表示がないので、どのページなのかは実物でお確かめを。

*2:本書 本文より

*3:本書 本文より