ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

なぜ、SNS・ブログでは他人の生活がやたら充実して見えるのか、考察してみた。

目次

 

今回は、私見を述べる記事です。

テーマは「なぜ、SNS・ブログでは他人の生活がやたら充実して見えるのか」。

 

SNSなどを通じて他人の生活を見ていると、

1、オシャレなものばかり食べている

2、友人がたくさんいる

3、おもしろい映画ばかり観ている

4、美しい景色のところにばかり旅行している

ような気がしませんか?

 

思えばこれって不思議なことです。

本当にこんな生活ができるのは二次元(フィクション)の人間だけなのであって、

三次元(生身)の人間にこんな生活ができるはずありません。

 

だって実際には、

1、オシャレなものは見栄えはするけど高カロリーなことが多く、

  しょっちゅう食べていると体に悪い。

2、友人が何人いても、予定が合わないと遊べない。

3、映画のレビューは他人の意見だから、主観的にはハズレもある。

4、観光地は美しい景色の塊ではなく、地元の人の暮らしもある。

わけですよね。

 

じゃあ、どうして上記のような現実が、SNSなどでは見えないのでしょうか?

この謎は、発信する側(作り手)になれば簡単に解けるのです。

以下、ブログの書き手として解説します。

 

発信する側の取捨選択(ブログを書く場合)

1、オシャレなものばかり食べているように見えるのはなぜか

この答えは「普段の食事は見栄えせず、撮影しないから」です。

家で料理する場合、外見よりも味の好みと栄養バランスを考えるので、

「個人的にはおいしくて、健康にはいいけど見栄えしない」品になりがち。

家族で食べる分にはいいですが、人さまには見せられません。

ですから私の場合、外食した時だけ撮影します。

 

お店のメニューは、外見も含めた商品です。

メニュー表の写真で見栄えがしないと注文されにくいし、

テーブルに出した時に、写真とかけ離れていればクレームが来ます。

つまり、外食の「価値」には見た目も含まれているからオシャレなのです。

お客は、外見も含めた「価値」にお金を払っています。

 

特に都会のお店では、写真映えするメニューを開発しています。

SNSが流行っているおかげで、写真映えするメニューがあると

集客につながるからです。

 

このお店も、宣伝してほしくて見た目に気をつかっているんだろう。

おいしいし、接客もいいし、うまく撮れたし、帰ったら記事にしてあげよう。

 

こうして、日記を兼ねてブログ記事が書かれます。

書き手だからってべつに、オシャレなものばかり食べているわけではありません。

 

2、友人がたくさんいるように見えるのはなぜか

これは、私のブログには当てはまらないですね。

ただ、友人とどこかへ行くたびに「今日は友達と〇〇に来ています」と書く

人はいると思います。

 

じゃあ、単独行動している人は、

わざわざ「今日は一人で〇〇に来ています」と書くのか?

書かない人のほうが多いのではないでしょうか。

私だったら「今日は〇〇に来ました」とだけ書きます。

 

そうです。この問いの答えは単に

「単独行動している人は、そのことを強調しないから」です。

あまり強調されることではないので、目立ちません。

結果、目立つのは友達などといっしょにいる人なんですね。

 

単独行動派の人には秘密主義の方も多いのでは。

せっかく一人でこっそり行ったのに、他人にばらしたら意味がない。

 

こっそり・ひっそりが信条なのだ。頼むから、私生活ではほっといてくれ。

こう思っている人だったら、そもそも発信する側にならないので、

ネット上では目立たないどころか、いないも同然です。

 

3、おもしろい映画ばかり観ているように見えるのはなぜか

この答えは想像しやすいですね。

個人ブログの場合、プロ評論家やマスメディアとちがい、

「新作だけどおもしろくなかった」ものは紹介しません。

 

プロ評論家の場合、書き手がおもしろくないと思っても、

報酬のため、さも、おもしろそうに書かなくてはいけません。

だってそれがお仕事なのですから。

 

マスメディアだって事情は同じです。

広告も仕事の一環なので、間違っても、けなすわけにはいきません。

むしろ、集客のために、期待の新作・感動の最新作だと言わなくてはいけない。

 

こういう事情を考えないで映画館に行って観ると、

下手したら「お金と時間を返してください」なんてことになるわけで。

 

しかし個人の場合、事情が違います。

配給する側(作り手)から報酬を受け取らないので、利害関係がありません。

だから、無理にほめる必要がないのです。

 

ハズレだった作品に労力をかけたくないので、

アタリだった場合のみ、家族や友人にオススメする。

あげくの果てには、不特定多数にオススメしたくなり、ブログなどで記事にする。

 

こうして、ネット上には「個人的におもしろかった作品」のみが紹介され、

「絶対にハズレを引かない消費者」という

うらやましい存在ばかりになります。

 

いや、実際には書き手だって、たまにはハズレを引いてお金と時間を無駄にしてる

けど、匿名でけなすのは失礼だから言わないだけなんですよ。

 

4、美しい景色のところにばかり、旅行しているように見えるのはなぜか

はい、この答えも単純ですね。

わざわざ汚い・生活臭がある景色なんて誰も撮りたくないから。

 

実際の景色は、実用本位な建物の集まりです。

ランドマークになることを狙ったんじゃない限り、

街中のビルにかっこよさや美しさを求めても無理な話。

 

こんな景色の中にずっといると息がつまるし、

せっかく買ったカメラが、宝の持ち腐れになる。

 

素人の場合、高い機材でありふれたものは撮りたくありません。

デジタルでミラーレスの一眼レフカメラ本体+ 交換レンズ二本セットで

10万円ぐらい平気でします。

こんな高価なモノで撮るのが、電信柱や塀や排水溝だったら、私は悲しい。

 

こう思った人々は、美しい景色を求めて旅行に行きます。

そして、思う存分に写真を撮りまくり、SNSなどにアップ。 

 かくして、ネット上は美しい景色ばかりになるのです。

 

仕方ないですね。こればっかりは人情だと思います。

 

まとめ

いかがでしたか?

「なぜ、SNS・ブログでは他人の生活がやたら充実して見えるのか」、

おわかりいただけたでしょうか。

 

上記のことをまとめますと、

「書き手が、書きたいことだけを発信しているから」の一言につきます。

 

まずい・ダサイ・つまらない・汚い ものは、そういう方針のところでないと

紹介されません。

 

だからネット上は、

おいしい・オシャレ・おもしろい・美しい ものがあふれているのです。

 

実際の日常はこの中間で、

おいしくも、まずくもない・地味・どうでもいい ものがほとんどです。

こういったものは、ネット上には存在しません。

誰も紹介しないからです。

 

私だって、ブログにアップした記事だけで判断されたら、

オシャレで楽しい生活をしているように見えるかも。

しかし、全然そんなことありません。

うらやまれるほどではないと思います。

 

読む専のみなさま、安心してください。

書き手の生活も、実際はあなたと変わりありません。

ただ、発信するのが好きなだけです。

 

ですから読み手のみなさんは、書き手が紹介するものをみつけるのに費やした

時間を節約し、その情報を有効活用しましょう!

 

以上、「なぜ、SNS・ブログでは他人の生活がやたら充実して見えるのか」の

考察をお送りしました。

 

追記:ちなみに私の生活を、ブログにアップした記事のみで構成すると、

以下のようになります。

 

ペン立てにはラミーのボールペンがさされ、

棚にCOBECOBEのクマと浮遊したフィギュアが飾られ、

窓際にQ&Qのスマイルソーラーウォッチが置かれている部屋で、

イケアのスプーンでベン&ジェリーズを食べながら、

スマホで「Dots&Co」をプレイしつつ、

BGMに「借りぐらしのアリエッティ」のサントラを流しながら、

ビン入りのアップルサイダーを飲んでいる。

 

雨の日にはサエラの傘をさし、グラニフのTシャツを着て、

ブルックリンジャーを持ってスタバに行き、フラペチーノを飲み、

帰宅後にヒルバレーのポップコーンを食べながら、

DVDで映画『トイズ』を再生している。

 

映画を観終わったあと、「Moma」のロゴ入り扇子で顔をあおぎながら、

家人とボードゲーム「Quart」をプレイした。

 

なにこのオシャレ生活。誰だコイツ。

あっ、自分か! いやいやいや。ひとつひとつはウソじゃないんですよ?

でもね、やはり実際とはかけ離れてるわけで。こんな人いませんからっ。

 

私は基本的に外出時もスッピンだし、Tシャツはほとんどユ〇クロで、

普段のクツは汚れた運動靴で、ボトムスは常にジーパンです。

おまけに髪は真っ黒で一つくくりというおばさん臭さ。

オシャレとは程遠いのですよ! みんな、だまされないでっ。

 

※本記事は7月1日に加筆しました。