ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

アニメ映画『スーサイド・ショップ』 家族愛inブラックユーモア。吹き替え不可能の美しきミュージカル

目次

 

今回、ご紹介するのは、劇場版アニメ『スーサイド・ショップ』。フランス語のミュージカル映画です。作中歌が美しすぎて吹き替えは不可能かと。字幕オンリーだけど、ブラックジョーク好きの方には一度、観てほしい作品。以下、DVDのパッケージ画像(アマゾンへのリンク)です。

 

左の女性は、店主の妻:ルクレス

右の男性は、店主:ミシマ

看板に描かれているのは一家の子どもたちです。

 

この「自殺用品専門店」を営んでいるのはトゥヴァシュ家。この一家は全員が自殺した有名人の名にちなんで名づけられていて、店主のミシマは三島由紀夫からとられているそうです。

 

主な登場人物

アラン:主人公の男の子。一家の次男。底抜けにポジティブな性格。

ミシマ:自殺用品専門店の3代目店主。おしゃれで、意外と繊細な性格。

ルクレス:店主ミシマの妻。夫とともに店を切り盛りしている。

ヴァンサン:アランの兄で、一家の長男。カミソリを研ぐ係で、絵が上手い。

マリリン:アランの姉で、一家の長女。自分の容姿に自信がなく、自殺願望がある。

 

あらすじ

ある陰鬱な街の一角で営まれている店、メイソン・トゥヴァシュは今日も繁盛している。この店はトゥヴァシュ家が経営する「自殺用品専門店」だ。

ある日、楽しい人生を否定するネガティブなトゥヴァシュ家に、新たな家族が加わった。店の営業時間中に産気づいた店主の妻が産んだのは、元気な男の子。しかし、その男の子には一つだけ問題があった。なんとその子は、産声で泣くどころか、生まれてすぐに笑うほど超・ポジティブな子だったのだ!

アランと名付けられて成長した彼は家族のことが大好きで、自殺は悲しいことだと思っている。でも、この街ではあまりにも自殺が多い。今日も一人、スクールバスの前に飛び出してきて死んだ。このままではいつか自分も、友達も孤児になってしまう。

悲しみと危機感を募らせていたアランは決意した。人々に自殺をやめさせようと。店の売り物に細工して客が自殺できないようにしながら、ある秘密兵器ができあがるのを待って受け取りに行った。

トゥヴァシュ家の自殺用品専門店は守られるのか。アランの前向きさが家族を変えるのか。家族愛と人生賛歌の物語。 

 

観た感想(ネタバレ注意)

アランの秘密兵器、ものすごいスピーカーを搭載した改造車による爆音で店の商品を破壊された自殺用品専門店は廃業の危機に。寝室から降りてきた店主のミシマはアランに怒り、無事だった日本刀を持ってアランを追い回します。アランはピンチかと思いきや、これもアランの計画内でした。わざとビルの屋上に逃げて、「パパを笑わせたら、許して」と言って飛び降ります。

「その子が死んだら、私も死ぬ」「悪魔! 人殺し!」と夫を責める妻のルクレス。やっぱり母親にとっては 夫<子ども なんでしょうか。ミシマよりもアランのほうが大切なようです。ルクレスは意外と優しいお母さんだなあ。アランがお父さんからもらったタバコを吸ってた時も心配してたし。

もちろんアランは無事で、お父さんのマネをして笑わせることに成功するのですが、父が怒り狂って自分を追い回すことまで想定するとはすごい。アランは家族のことをよく見ていて、性格を熟知しているのですね。これも愛情のなせる業でしょうか。

結局、自殺用品専門店は廃業し、なんとクレープ屋に転業します。その理由は本編を観てもらうとして。店主のミシマは、実は妻に黙ってこっそり青酸カリ入りのクレープも提供しています。これを最初に頼んだのは、首に切れたロープをまいた男性。「お代はけっこう、悲しかった時を思い出させてもらったので」と言うミシマですが、私は、首にまかれたロープを見て自殺に失敗したことを察して返金するかわりにクレープをタダにしたんじゃないかと思います。自殺用品専門店には「死ねなかったら返金します」という決まりがあったのです。

よく考えるとミシマの性格は真面目すぎますね。クレープ屋をしながら父から継いだ家業も続けているのですから! やはり彼は、自分の使命を「死にたい人に手段を提供する」ことだと思っているようです。世界がどんなに平和でも死にたい人は一定数いるでしょうから、ニーズはあるわけですし。 

次に、背景美術について。冒頭で、鳩が飛んで街が一望できるシーン。この街は、手描きされたビルを貼り合わせてできあがっているらしいのですが、とてもそうは見えない。どう見ても手描きのイラストなのに、空間に奥行きが感じられるというすばらしい背景になっています。これは屋外(街路)も屋内(店内)も同じ。どのシーンも奥行きがあり、とても平面のイラストを撮影しているとは思えません。まるで飛び出す絵本みたいです。メイキングを見ないとどうなっているのやら、想像がつきません。

次に、作中歌について。トゥヴァシュ一家がお店の紹介をする歌があるのですが、これがまあ、曲調は明るいのに歌詞が暗くて、すごく私好みでした。生き生きと自殺を勧める店主のミシマがステキ。まあ、実は家業が辛かったらしくて、作中でノイローゼになるんですが。

ミシマを観たカウンセラーの先生も一曲歌ってくれます。実はこの歌が一番好き。先生の動きもコミカルでおもしろいです。この先生は、陰鬱な街で唯一、人生をめちゃくちゃ楽しんでいそうな、ある意味異常な大人。夫を休ませろと言われて、店はどうすればいいのかときくルクレスに平然と「わかりません」と答えます。そして笑いながら診察料の金額を告げるのです。私は正直な話、この先生みたいな人間になりたい。どんなに不幸が蔓延している世界でも、マイペースに生きていきたい。

と、ここで終われば綺麗な紹介文なのですが。本作の鑑賞にあたっては少し注意事項があります。まず、店を継ぐのは男の子と決まっている点。この街は男尊女卑の文化らしく家父長制を採用しているようです。出生順で長子に継がせるというのならわかりますが、無条件に男の子に継がせると決まっているのはどうなのか。長男のヴァンサンが商売に不向きな人だったら三代続いた店がなくなってしまいそうで危険だと思います。あと、お姉ちゃんのマリリンが裸で踊るシーンがあります。しかも、アランがそれを友達に見せて「ぼくの姉さん、キレイだろ」とか言っちゃうシーンもあります。アランと友達は家の外から窓越しに見ているだけですが、女性を性的に消費するのはけしからん、そんな作品は一切観ませんという方は本作を観ないほういいでしょう。私はそんなに気にならなかったですが。多少の不快感は吹き飛ばす勢いで美しい作品なのでDVDを買いました。

物語はまあ、ありがちな人生万歳の物語なので、作中の歌を聴いて背景美術を観るアニメーションだと思います。メイキングもおもしろい。iTunesでも配信されていますが、まずはレンタルがオススメ。お気に召したら通販などでお買い上げを。たまに観たくなる、独特のユーモアがある作品です。

 

以上。吹き替え不可能の美しきミュージカルアニメ『スーサイド・ショップ』をご紹介しました。

 

 

※本記事は、2020年5月16日に加筆しました。正直な話、この記事本体よりも最近の記事のほうがより成熟した(抽象的な)解説文を書けている気がします。よろしければこちらの記事もどうぞ(⬇︎)

mee6.hatenablog.jp