ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

冬山登山で食ったカップヌードル。美味いものの定義は味より状況によると思う。

前回(12月20日)の記事が年内最後の更新なんてしまらないので年内にもう一記事アップしようと思いつつもはや十日が過ぎました。ネタがないならいっそ更新をあきらめようかとも思いましたがそれだと読者様に「良いお年を」と言えなくてさみしいので無理矢理にネタを考えて書くことに。この記事のテーマは「今までの人生で一番おいしかったもの」です。

じゃあ私の人生で今のところ一番おいしかったものは何かと言いますと、小学生の頃に冬山の登山中に食べた日清カップヌードルですね。それも一番シンプルな、ノーマル味のやつです。我が母校の小学校は公立だったんですが、今考えるとちょっと挑戦的なところがありまして、冬の校外学習に登山があったんですね。それも雪山登山が。20年以上前のことなので保護者からのクレームは特になかったようですが、今だったら「危なすぎる」「なに考えてんだ」「事故があったらどうする」「生徒が死んだら責任とれるのか」とか言われて中止になりそうです。現に弟は同じ小学校の卒業生でありながら、雪山登山はしていません。いくら分譲地のど真ん中に建ってる小学校で生徒の保護者は新築住宅を買えるような富裕層ばかりだからと言ってなんにでも理解を示して挑戦させてくれるわけではありませんよね。当然ながらものには限度があります。一回の郊外学習のために雪山仕様の装備(スキーウェアと長靴)を買わされるなんてお金持ちでもキレるんじゃないでしょうか。いくらお金があっても(子供の背が伸びて)すぐに使えなくなるものや(家族そろってインドア派で)今後使う予定のないものは買いたくありませんよね。今思えば廃れて当然の行事でしたが、私はこの雪山登山のおかげでものすごくおいしいカップヌードルを食べることができました。我がカップヌードル歴において最高の一杯であり、今でも人生で一番おいしかった一食です。先生方ありがとう。雪山は寒くて視界が白くて同級生より体力が少ない少女が慣れない長靴で登るにはちょっときつかったですが、休憩所で食べたカップヌードルはめちゃくちゃおいしかったです。雪ばかりで真っ白な視界のなかで開封されたカップヌードルの具の鮮やかさ。真冬の寒さのなかで食べる温かさと、慣れない雪山登山で疲れた体に染み込む塩辛さ。どれをとっても最高でした。あの一杯は茹でたての伊勢海老よりもおいしかった。あの日、小学生だった私は悟りました。「うまいもの」の定義は味そのものよりも食べる状況によるのだと。そして、カップヌードルを食うのに最も適した状況は雪山なのだと。

以上、人生で一番おいしかったものの思い出でした。それではみなさま、良いお年を。

 

⇧は20個セットへのリンク。

一人暮らしの方は風邪ひいた時用に備蓄しとくといいかも。

風邪ひいてなくても寒い時期に食うカップヌードルはうまいけど。