ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

電池交換に2000円払える人でいたい。

家族とおでかけして、少し遠くのショッピングモールに行った日。ふと、自分の右手首に巻いた腕時計を見たら秒針が止まっていた。たぶん電池切れだ。

「あかん。このままやと時間わからへんわ。電池交換いかな」

「そう。ここの電池交換、ちょっと高いけどな」

「うん。ちょっと高いけどしょうがないわ。ほな、また後で」

現在時刻すらわからなかったら、集合時間に間に合わないどころではない。しかたないから行くしかない。とりあえずエスカレーターで2階へ上がり、いつもは素通りしている時計店を探す。幸いにしてまだテナントに入っていた。店内は無人に見えたけれど、よく見たらカウンターの奥に店員さんがいたので声をかける。

「すみませーん」

「はい」

「電池交換をお願いしたいんですけど」

「かしこまりました。それでは、拝見いたします」

たかが電池交換に来ただけの客にも丁寧に接客してくれることに感動する。時計の電池交換は、家電量販店よりも時計屋さんに頼んだほうがいい。家電量販店だと、その店で買った商品しか電池交換してくれないことがある。少なくとも、その店で取り扱いのあるブランドの時計しか電池交換してくれない。時計屋さんなら、その店で取り扱いのないブランドの時計でも電池交換してくれる。このお店には以前にもお世話になった。

「それでは、電池交換に関して説明させていただきます。腕時計にはパッキンが使われていることがありまして。このパッキンが古くなっていた場合、交換させていただきます。その場合は、追加で500円いただきます」

「はい。それで、支払いは…」

「電池交換が終わってからいただきます。20分ほどかかりますが、どうされますか?」

「あ、でしたら店内で待たせてもらっていいですか?」

わずか20分で他の店に行くのはせわしない。できればここで待ちたい。

「どうぞ。そちらにおかけになってお待ちください」

広くはない店内に、わざわざ客用の椅子とミニテーブルが置かれていることに感謝しながら座り、買ったばかりの文庫本を読み始める。腕時計がないので時間の経過は確認できない。おかげで本に集中できた。

「お客様。読書中すみません。電池交換が終わりました」

店員さんに声をかけられて我に返る。そういえば電池交換に来ていたんだった。それにしてもここの店員さんはとても丁寧だ。電池交換に持ち込んだのは私だし、読書して待つという選択だって私が勝手にしたことなのに、わざわざ「すみません」と言ってくれるのだから。「集中なさっているところ、申し訳ありません」と言わんばかり。たかがショッピングモールに入っているテナントで、高級ブランドショップでもない、おそらくはチェーンの時計店。それなのにこの低姿勢。これが日本式社員教育の賜物なのだろうか。逆に自分がこの水準を求められる側になったら大変だなと思いながら、バッグから財布を出す。

「パッキンも確認いたしましたが、古くはなっていませんでしたので、交換はしておりません。今回は電池交換のみですので、2200円いただきます」

「はい。ありがとうございます」

私は千円札を二枚出し、小銭を数えてトレイの上に置いた。「高い」と言っても、実は2000円ほどなのだ。初めてお願いした時は、つい「口紅一本買える値段じゃん」と思ってしまったけれど。ドラッグストアで口紅を買ったところで、こんなに丁寧な接客は受けられない。

「こちら、お控えでごさいます。当店の電池交換には、二年間の保証がついております。万が一、二年以内にまた電池が止まりましたら、こちらのお控えをお持ちください」

「はい」

思い出した。この2000円は、二年保証を含めた料金だった。そう思えば、むしろ安い。

「それでは、領収書を出しますので少々お待ちください」

レシート1枚出す時間など微々たるものなのに、それでも「お待ちください」と言ってくれる。もしかしたら、レシートを受け取る時間さえ惜しむぐらいせっかちな客が多いのかもしれない。

「お待たせいたしました。こちら、領収書でございます」

「はい。ありがとうございました」

領収書を財布にしまい、財布をバッグにしまって席を立ち、店を出る。

「ありがとうございました」

店員さんが見送ってくれた。どこまでも丁寧な接客だ。これからも、電池交換に20分と2000円を払える人でいたいと思った。

 

以上、電池交換は時計屋さんがおすすめの件でした。

 

追記:この記事の公開後に読者様が増えました!  登録ありがとうございます。エッセイは少なめの素人雑記ブログ(たまにポケモンとコスメの話をする)ですが、末永くおつきあいいただければ幸いです。