ロマンというほどでもない

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祝29周年! Pokemon Day 2025を迎えて決意したこと

本日、2月27日はみなさんご存じ「ポケモンデイ」ですね!  赤・緑版が発売され「ポケモン」というコンテンツがデビューした記念すべき日です。ポケモンは2025年で29周年。今年も公式サイトで「ポケモンプレゼンツ」をリアルタイム視聴しようと目論んでいます。無事に観られても満足するわけにはいきませんが。なぜならば、来年は30周年だから。万が一、今年中に死んでしまったら来年のお祝いができない。キリよく30周年ともなれば、それなりに盛り上がるはず。少なくとも、今年よりはずっと盛り上がるでしょう。それを見ずして死ぬわけにはいきません。まどマギの新作を観るまでは死ねないから2025年中は生きていなければならないと思っていましたが、またひとつ死ねない理由が増えました。つまり「生きていたい」と思える動機が増えたということです。ありがたや。追いかけているコンテンツが3つほどしかない私でさえこんな状態なのですから、もっとたくたんのコンテンツを追っている(愛している)人からすれば「死ねない」どころか「死んでる場合じゃねえ!」といったところでしょう。まあ、万が一死んでしまってもコンテンツが視聴できて、なおかつ対価を払うだけの支払い能力があればいいのですが…私は死後の世界を信じきれていないので、ここは確実性を重んじて、次のポケモンデイまで生きていようと思います。念のために言っておくと、この決意は希死念慮とは無関係です。ではこの決意はいったいなんなのかというと、ファンとしての決意です。今のところマニアとかオタクと名乗れるほどのめりこんだコンテンツはありませんが、純粋にファンとして楽しみなのです。楽しみなのは新作だけではありません。続編だって充分に楽しみです。まどマギの場合は続編かつ完結編になりそうなので楽しみな気持ちが半分・名残惜しい気持ちが半分ではありますが、永遠に完結しないよりはずっと良いでしょう。思うにフィクション産業というのも、それはそれで人を支えているのだと思います。フィクション産業はインフラ系や建設業のようにわかりやすく生活を支えているわけではなく、医療のように直接的に人を救っているわけでもありません。しかし、何らかの作品を心の支えにしている人は多いでしょう。現代日本では、あらゆる「推し」が人の心を支えています。フィクション系のオタクが作品の続編を心待ちにしているように、新商品を待っている○○オタクも多いことでしょう。「推し万年筆の新作を買った」とか「推しのカメラメーカーが新機種を発表したので予約した」なんて感じの、ハッピーなつぶやきがあふれているはず。いや、あふれていてほしい(願望) 自分の幸せの卑近さやちっぽけさを恥じることはありません。ささやかな幸せでも「生きていたい」と思える動機になりえるのですから。とりあえず私は絶対に来年(2026年)のポケモンデイまで生き延びてみせます!  それではみなさま、また来年(まだ2月だけど)。

 

以上、Pokemon Day 2025を迎えて決意したことでした。