いつだかオモコロの記事でちょっとだけ登場していたクリステン・R・ゴドシー 著『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』読んでみました(⇩)
タイトルからして面白そうだったので読んでみたんですが、帯の文字数が多すぎだし、そもそもタイトルが長すぎ。ですが、この語りすぎるタイトルのほうがタイパを求める現代の若者には刺さるのかもしれません。この『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』というタイトルは、ほぼ本書の内容そのままです。資本主義が世界を覆いつくした結果、女性の立場が弱くなり、家庭に閉じ込められ、生活面で夫に依存するようになった。資本主義社会の女性は生活のために結婚する。したがって、夫とするセックスには愛がない。恋人との関係も同様で、若い女性は男性に食事をおごってもらったり高価なプレゼントをもらう対価としてセックスするので、やはり愛がない。だからあなたのセックスは気持ちよくなくて楽しくないのだ、と指摘する内容です。なかなかに鋭い指摘…いや、現代女性ならばうっすらと考えたことのある問題なのではないでしょうか。自分の両親の不平等さに疑問を覚えたことはありませんか? パート勤めで夫に逆らえない妻。子持ちで離婚したら慰謝料が払われなくて貧困な母子世帯になり「女手一つで」子育てすることになる社会。何かがまちがっている気がしたのに、気がついたら忘れている。職場の先輩たちは夫のグチを言いながら子育てしつつ時短勤務しているけれど離婚する様子はない。男女の不平等およびそれに対する不満は確かに存在しているのに解決される様子はない。ではそれはなぜなのかを考えると、資本主義という構造そのものに問題があるのではないか。実は社会主義国のほうが男女平等で、女性の自立度が高く、生活の不安は少なかった。社会主義国では計画経済が採用されていたので自由に買える物の数や種類こそ少なかったけれど、女性でも生活の不安は少なかったのでセックスは楽しめていた、というのが著者の主張です。
ここでひとつおことわりしておきたいことは、著者のゴドシー氏に「昔に戻ろう」とか「昔はよかった」と言う気はないこと。社会主義国には独裁国家が多かったので国民の自由が少なく、娯楽も少なかった。社会主義国の女性が頻繁にセックスしていたのは、趣味で買える物がなく、あまり娯楽が選べなかったからだ、ということも指摘しています。それでも、愛のある充実したセックスができていたのは良いことです。
実をいうとこの本の一番の功績は、経済構造によって男女の行動や価値観が変わることを指摘していることではないと思います。一番の功績は、経済構造と政治体制を分けて考えるよう読者に促していることです。資本主義の国で社会主義=悪しきものと認識されているのは、社会主義と独裁体制は不可分なものと思われているから。しかし、よく考えれば両者は別々のものなのです。そこでゴドシー氏は民主的な社会主義を採用するべきだと主張します。社会主義体制下でうまくいきかけていたこと、社会主義の利点だけを受け継ぎ、そこに民主主義(投票で指導者が決まる体制)を加え、現代に合う新しい社会主義をつくることができれば、男女間の格差は少なくなり、女性は今よりも自由になれると主張しているわけです。これはなかなか示唆に富んでいますね。計画経済と自由経済のおいしいとこどりが都合よくできるものなのかは疑問ですが、興味深く読みました。少なくとも、私のなかでは社会主義への印象がかなり変わりました。しかしこれは皮肉にも本書の邦題に「社会主義」という単語が含まれていなかったおかげです。原題には「Scialism」という語が使われているようですが、邦題には含まれていません。これはかなり賢明な判断だと思います。『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』というカジュアルな邦題からは「そんなに主張の激しい本じゃないですよ」「ちょっとした疑問を検討しているだけです」「思想の強い本ではありません」「身構えないで読んでみて」というメッセージが伝わってきて「じゃあ読んでみようかな」と思わせる力があります。「社会主義」という語が含まれていたら思想が強そうに見えるので身構えてしまい、読んでみようと思えなかったでしょう。本書の一番すばらしい点はカジュアルな邦題かもしれない。どなたが存じませんが、この邦題を考えた方、あっぱれなお仕事です!
以上、『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』読んでみた件でした。Amazonへのリンクはこちら(⇩)