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【河出文庫】藤野可織『ドレス』の彼を憐れむ【ネタバレ注意】

こんにちは。先日、何気なく書いた苺の記事がトップページに掲載され、読者さまが大幅増(当社比)して浮かれているミーシックスです。今回は「フィギュアの台座を強化したら最高になったので見て!」みたいな内容でお送りする予定でした。しかしそれではオタクみが強すぎてご新規さまに登録解除されかねない。なのでここは無難に書評をお送りしようと決定したしだいです。

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実をいうと藤野可織『ドレス』は自分で発見した本ではありません。みての(id:miteno)さんが本書の感想記事を書かれていたのがきっかけです。おそらくはAI生成したと思われる、シルバーアクセをつけまくった女性の画像が印象的な記事でした。どうやら表題になっている「ドレス」はシルバーアクセを題材にした短編のようです。小説でシルバーアクセを題材にしているのは珍しいのでは。文庫版なら安いしこれはぜひ読んでみたい、ということでAmazonで紙の文庫本をポチりました。文庫本は安価なので抱き合わせ注文にピッタリでありがたい。紙の文庫本は非プライム民のためにある(ちがう)。

それでは、そろそろ書評に移りたいと思います。といっても拙い感想文ですが。

 

藤野可織『ドレス』感想

文庫版カバーの裏表紙によると本書は女性に対する決めつけ・しめつけに関する作品集のようですが、収録作のすべてが男女差別について描かれた作品というわけではないと思います。本書は全八編で構成されていますが、男女差別(女性への先入観)に関わる作品は三編でしょう。特に「愛犬」と「静かな夜」は男女差別を問うものではなく、日常のなかで起きた、ちょっとした異常を描いたものだと思います。

この世界(読者の私たちが住む世界)を舞台にした物語かと思いきや、実はそうではないことが明らかになっていく作品が多いことも本書の特徴です。どれがそうなのか言ってしまうと初読のワクワク感が損なわれてしまうのでここでは言いませんが。どれが異世界ものなのかは読んでのお楽しみです。ひとつ言えるのは三崎亜紀『鼓笛隊の襲来』がお好きなら本書も楽しめるということ。ああいう読書体験をお求めならオススメ。

最後に、表題作「ドレス」について。これは書き手の経験がある人と読み専の人では印象が異なる作品でしょう。なぜならば、本作の語り手である「彼」の名が出ないからです。「彼」は読者に自己紹介してくれませんし、恋人のるりは彼のことを名前で呼びません。作者の藤野先生は語り手である彼に名前を与えていないのです。書き手の経験があると、この時点でもう「彼」は物語を進める舞台装置にすぎないことがわかります。語り手ではあっても主人公ではないタイプですね。この物語の主人公は明らかに彼女、るりのほうです。しかしるりを語り手にしてしまうと違和感やすれちがいを軸にした物語にならないので、しかたなしに「彼」が語り手になったのでしょう。男性から見て女性の趣味はよくわからないことも多々あると思います。特に「かわいい」の基準は人によるので、理解不能なこともあるでしょう。私は本作を読んで「キレイは共有し得るがカワイイは共有できないこともある」と気づきました。現に私は「夢かわいい」系ファッションの良さがいまひとつわかりません。このように「かわいい」の共有は困難です。そこへ、無難な服装で従順な性格の女を好む保守的な男を語り手にしようものならば、ふたりのすれちがいは目に見えています。現に「彼」はるりの変化の意味を理解しないまま、まったく行動を変えません。初読時には「彼」の無理解さへの怒りがわきましたが、2回目に感じたのは憐れみでした。彼には、職人が手作りしているシルバーアクセサリーブランド「ドレス」の良さがわからないのです。読者の私にはわかるのに。「彼」は、るりが自分で稼いだお金で「ドレス」を買うと言い、プレゼントされることを拒否する理由もわからないのです。まわりの女性たちが「ドレス」を絶賛する理由だってわかっていません。「ドレス」のようなデザインが新たな流行りなのは事実でしょうが、では無骨なデザインが女性の間で流行るのはなぜなのか。女性たちはただ流行を追っているのではありません。そのデザインが自分の気分に合うから買うのです。流行は時代の空気を反映したものであって消費者に買わせるために生産されているのではないはずですが、こんな単純なことさえ「彼」にはわかりません。おそらく「彼」にとってファッションとは社会生活を送るうえでの道具にすぎず、根本的に興味がないのでしょう。そんな男に、無難さを脱して自己表現としてのファッションに目覚めた彼女の愛する「かわいい」がわかるわけがありません。おそらく、るりはもう「彼」を、いや、男を必要としていないでしょう。いつか結婚するとしてもそれは生活のためではなく愛ゆえであろうこと、その相手は現在つきあっている「彼」ではないであろうことまで伝わってきます。38ページの短編にこれほど社会人女性の気分を反映させるとは。藤野先生の筆力おそるべし。表題作だけでも読む価値はありました。本作「ドレス」は男性にも読んでほしいと思います。恋人同士で「彼」の態度をどう思うか話し合ってほしい。感想が真逆なら、実は気の合わない相手かもしれません。

 

以上、藤野可織『ドレス』の感想でした。るり、その彼氏はもう捨てていいぞ。