お題「あの日は死ぬほど笑ったのにまた見たらなんだこれってなったやつ」
リップを3色手に入れたからといって3回連続でリップ記事をお送りするわけにもいかないので今回はこちらのお題に参加しました。
そもそもギャグマンガ自体をあまり読まないのですが「聖☆おにいさん」は読んでいます。途中からは仏教にもキリスト教にも属さないキャラクターも登場しはじめて「ああもう原典ネタは尽きつつあるんだな」と感じていますが、なんだかんだ新刊が出ると買っていました。といっても手元にあるのは21巻までなんですが。もしかしたら22巻も出てるのだろうか。既刊だけでも充分に面白いから、ほしい物がたまってからAmazonでまとめ買いしようかな。とりあえず今は記事タイトルにある3巻の初読時についてお話ししましょう。
手元にある『聖☆おにいさん』3巻は初版なので、あれは2009年のこと。当時の私はまだ学生でした(歳がバレるな)。地下街にあった書店で3巻を買い、お向かいにあったパン屋さんのイートインコーナーで読み始めました。「聖☆おにいさん」はギャグマンガであることは承知していましたが、既刊で爆笑したことがなかったので問題ないと思っていました。実際に3巻を読み始めた時も「その19 エンジェルズ」のあるコマを読むまでは軽く「くすっ」となる程度で爆笑には程遠かったのです。外で読んでも危険度0だと、完全に油断していました。そして、あるコマの何気ないイエスのセリフ(P67の1コマ目)
「次からは山羊にするよ…」
を読んだ瞬間、危機に陥りました。今は何度も読んでいるのでまったく平気なのですが、その時はなぜかすごくツボってしまい、危うく外で(しかも飲食店で)ふきだしてしまうところでした。改めて「その19 エンジェルズ」を読み返して、このコマのセリフに至る経緯を確認したところ、前日の夜に「羊」を数えたせいで眠れなかったイエスが「数える対象を変える」ことで対策しようとしたようです。これはまあ妥当な判断だとは思いますが、当初の「ふわふわで愛らしい動物を数えることで眠気を誘う」という趣旨からはずれしまっています。羊の代案は猫か犬かシマエナガぐらいにしておくべきでしょう。同じ偶蹄目ならなんでもよいわけではありません。よりにもよって悪魔の象徴であるヤギをもってくるのはどうなのか(ヤギ頭の悪魔バフォメットは有名ですね)。羊と山羊には互換性があるというのは畜産やキリスト教に無知な人間ならではの、かなり無礼な発想なのでは。少なくともイエス本人が至る発想ではないと思いますが、それをあえてやっているのが透けて見えるので、それがまたおかしくて笑ってしまったのだと思います。わざわざヤギを漢字変換して「山羊」としてあるのがまた笑いを誘いました。山の一文字を付け足しただけで別の動物になってしまうのに字面は大して変化していない。しかし、宗教的には大きな違いがある。このギャップにやられたのかもしれません。「イエスにヤギを数えさせていいんか!?」「数える対象を変えても睡眠導入効果はあるのか!?」などなど、今なら冷静にツッコミを入れられますが、当時はふきだしてしまい、こらえるのが大変で。社会的にも衛生的にも、こらえられてよかったと思います。読んだ瞬間に浮かんだことは「そいういう問題じゃなくない!?」でした。どんな対策を講じようが、今この瞬間のイエスの寝不足は解消されないのです。泊まった旅館から「時間通りに出発できた」とのことですが、あなたはそれでいいんですかイエスさま!? ブッダに影響されすぎて動物に対しても博愛主義者になっていませんか!? 私は人間の勝手な印象を現実の動物に押し付けるのは反対派なので、イエスさまがヤギにも優しくしてくれたらうれしいですが。
以上、『聖☆おにいさん』3巻の初読時にふきだしかけたけどパン屋のイートインコーナーだったのでヤバかった件をお送りしました。『聖☆おにいさん』3巻へのリンクはこちら(⇩)
追記:この記事の公開後に読者さまが増えました。登録ありがとうございます。漫画よりもゲームその他の記事のほうが多い雑記ブログなのでミスマッチの心配が少しありますが、末永くおつきあいいただければ幸いです。