安いので買った小説第二弾。今回は津村記久子『とにかくうちに帰ります』新潮文庫版です(⇩)
お値段は460円+税です。税込だとわずかに500円を超えますが、それでもかなり安い。安いということは薄い=短いということだから読みやすそうだし、タイトルやあらすじも面白そうだったので読んでみました。嬉しい誤算だったのは、この薄さ(約6mm)で短編集だったこと。同じオフィスで起きたこと5編と、豪雨のなか懸命に家へ帰ろうとするオフィスワーカーの悲哀と戦いを描く表題作「とにかくうちに帰ります」を合わせて、全6編で構成されています。てっきり、表題作だけが収録されていると思っていたので得した気分になれました。同じオフィスの連作短編の初読時は失礼ながら「こんなこと書くだけで印税とか原稿料とかもらえるのか。プロ作家うらやましい」と思ってしまいましたが「実感あってのディテールなんだろうな」と思い直しました。もしかしたら前職の経験を活かして描かれたのかもしれません。何気ないのに、どこかのオフィスにこんな人がいそうだなと思わせる適度なリアリティ。津村先生が専業作家でいらっしゃるなら事務員時代は過去のことなのでしょうが、とっくに辞めた職場だとしても創作のネタにはなる。薄々気がついてはいましたが、やはり、人生経験の幅が広い人のほうが創作物を面白くできるんですね。私はいまひとつ他人に興味が持てないので、たとえ事務員さんになれても書けないタイプの話だと思いました。他人さまの作品を読むとなんだかんだ気づきがあって良いですね。どうも私は現実世界の解像度が低く、空想ベースの物語を書きがちです。現実への興味が薄いから空想物語を書きたがるのか、空想物語が書きたいから現実への興味が薄いのか。どちらが先なのかわかりませんが。
自分のブログだとついつい自分語りをしていしまいますね。失礼。話を戻しましょう。表題作「とにかくうちに帰ります」について。先述の通り、豪雨のなか家へ帰ろうとする人たちの話です。どうせなら梅雨明け前に読みたかったのですが、気づいたら梅雨が明けていたのでしかたない。群像劇ではありますが、雨との戦いが描写されるのは4人だけ。2人ずつ2組で帰ります。この2組が接点を持つのは終盤なので、群像劇というよりもダブル主人公という感じ。語り手のふたりともが中州のような場所のオフィスで働いていて、橋を渡らないと駅に行けない。なのに近い橋が封鎖されてしまったから、遠い橋、普段は通らない橋を渡って駅を目指す。普段はなんでもない距離なのに、傘をさし、濡れた体で震えながら歩いていると妙に遠く感じる。夕立ゲリラ豪雨の多い日本で暮らしていれば夏になるたびに何度か陥る状況には同情します。幸いにして私は割と交通の便が良いところに住んでいるので帰宅難民になったことはありませんが、万が一鉄道が止まってしまった時のため、多めに現金を持つよう心掛けていました。いざとなったらカプセルホテルにでも宿泊できるように。しかし「とにかくうちに帰ります」の登場人物たちにそんな選択肢はありません。「電車止まったけど一泊するから大丈夫♡」なんて行動されたら悲壮感が演出できないので。かくして登場人物たちは作者の都合で交通の便が悪いところで働き、宿泊するという選択肢もないまま、ひたすらに雨のなかを歩かされることになります。気の毒ですがしかたありません。不運な他人を眺めるのも人間の娯楽のうちですからね。淡々とした文体で物語は進みますが、だからこそ、まれにある情景描写は印象的でした。
ただれたような厚い雲は果てることがなく、輝くクリーム色の稲妻が走り、その下で海はのたうち回っている。
『とにかくうちに帰ります』新潮文庫版P158より
ずっと、雨のなかを歩く人間の行動や、帰ったら何をするかという考えばかり書かれていたなかで不意に現れる情景描写。これはつまり「人は不運に見舞われると文学的になる」ということでしょうか。あなたは、思わず文学的になってしまうほどの不運に見舞われたことはありますか。私は…幸いにしてないですね。どうせ不運な目にあうのならいっそ、物語のネタにできるほど不運なほうがいいかも。
以上、津村記久子『とにかくうちに帰ります』読んでみた件でした。
リンクはこちら(⇩)