ついにあのジブリ新作『君たちはどう生きるか』を観てきました。先に大まかな感想を述べると、説明が少なく世界設定はわかりにくいものの映像は美しいので劇場で観て損はない作品です。雰囲気で流れていくシーンが多いので、家でツッコミを入れながら観るよりも劇場で集中し、鑑賞に没頭したほうが楽しめるでしょう。配信待ちする前に、一度は劇場で観てほしい。
冒頭の描写からして戦時中の日本を舞台にしているのかと身構えましたが、中盤からは異世界が舞台になりファンタジー色が強くなったので安心して観られました。私は現実にあった戦争や事件を元にした作品が好きではありません。他人さまの不幸をネタに創作して金儲けするのはいかがなものかと思っています。なので、この作品の主な舞台が異世界で安心しました。まあ、異世界といっても赤子の魂が待機している世界らしいので「異世界」というより「あの世」と言ったほうが正しいのかもしれません。しかしまだあの世界の詳しい設定がわからないので、この記事では主人公の少年が冒険した世界を「異世界」と表現させてもらいます。
主人公の眞人少年が冒険した世界にはどうやら、あの世界で生まれた存在と、外の世界から連れてこられた存在がいるようです。生命のある動物は連れてこられた連中のようなので哀れ。人型に進化したインコたちに比べて姿形が変わっていないペリカンたちは連れてこられて日が浅いのかもしれません。インコたちほどはあの世界に適応しておらず、そのくせ知性は持ちつつあるので余計に哀れです。おそらくは「我々は外の世界からつれてこられた」「いつか元いた世界に戻れるかもしれぬ」という先代たちの言い伝えを信じて耐えてきたのでしょう。この海にはエサになる魚が少ないからワラワラを食うのだと言った老ペリカンをみとった眞人少年は、加害者にも事情があり、時には被害者でもあることを理解したことでしょう。眞人少年はこれを学んで帰ったので、東京で進駐軍を見ても反感を感じることはないはずです。これだけでもあの世界に行った価値があるので、この冒険は眞人少年の成長に役立ちました。それに、ペリカンたちの待遇は悪くても海や空は美しい。この点は良かったです。
いまひとつだった点は、管理者が尊敬に値する人物ではないこと。本作は異世界モノでありながら、その管理者である「大おじさま」はあまり尊敬できません。異世界で管理者といえば神に等しく、本来ならば尊敬の対象であるはずですが、私はどうも「大おじさま」を尊敬できません。ペリカンやインコや、身ごもっている自分の子孫を連れてきたり。世界を維持しながら後継者を探すためとはいえ、どうもやり口が汚い。眞人少年が「わかりました。僕が跡継ぎになります。だからナツコさんを帰してあげてください」と言っていたら、大おじさまは「わかった。そうしよう」と言ったのではないか。眞人少年に毅然と断られたからこそ、眞人少年も、眞人の母ヒミも、身重のナツコも帰そうと思ったのでしょう。もしかしたら、あの世界で出生してしまうと、あの世界から出られない人間になるのかもしれません。それを企んでいたからこそ、妊婦を誘い出すなどという汚い手段を選んだのでしょう。眞人少年にとって、ナツコの腹にいる子はいとこであり、きょうだいでもある子です。私だったら、相手にどんな事情があろうが絶対に許しません。だから私はどうしても、あの老人が尊敬できない。
先ほど「眞人少年にとって、ナツコの腹にいる子はいとこであり、きょうだいでもある子」と書きました。なんと本作では、ナツコは眞人少年の実母ではなく叔母で、父の後妻でもあるという、ややこしい親子関係になっています。ジブリ作品にしては珍しく人間関係がドロドロしている。この点もいまひとつ。もしかしたら眞人の父は、姉妹のふたりともから愛されていたのかもしれませんが、それにしても先妻が死んだからって、その妹を後妻に迎えるとかどんな神経をしてるんだ!? 父の後妻を「〇〇さん」と呼んでいた少年がいつしか「母さん」と呼ぶようになり、家族の絆を持つようになる様を描くだけならば、父の後妻が叔母などという設定でなくてもよかったのではないか。世界の管理者になる資格を持つ血筋を母方にしたせいでこんなややこしい設定になったのなら、管理者の血筋は父方でよかったのでは? この点は初見でもツッコミたい。何度も見れば必要性が理解できるのかもしれませんが。
うーん。このままだと批判ばかりになってしまいそうですね。私は作文できてもアニメは作れないのですから、偉そうな文句はこのへんにしておきましょう。最後に、本作で一番好きなキャラクターについてお話しします。私が本作で一番好きなのはインコの大王です。大おじさまを「閣下」と呼んでこそいますが従順なわけではなく、確固とした意志を持ち、インコたちを代表して交渉しに行く。美しい庭園には目もくれない鉄の精神力を持ち、部下から「どうかお供させてください」と慕われている。厳めしい容姿だしヒミを捕えるので悪役かと思いましたが、あの世界の存続が積み石にゆだねられていることを知って怒ります。「どうかご無事で」と部下に慕われていることからすると、あの怒りは権力欲から来ているのではなく、インコ族を代表した、世界の管理者への怒りなのでしょう。ふざけた世界法則に怒ったインコの大王は、積み石をテーブルごと叩き切ります。世界の法則を否定したかったのでしょうが、なんとテーブルとともに海が割れ、「石」はほどけ、インコの大王は人型の姿を失い、あの世界は崩壊します。なんとも理不尽ですが、インコの大王は鳥の姿で脱出して生き延びます。あの時に脱出したインコたちが、現代の東京で生きている野生インコたちの先祖なのだと思うと感慨深いですね(注:こんな事実はありません) インコの大王が生き延びてくれて本当によかったです。
本作は宮崎監督の最後の一作になりかねません。言わずもがなのことではありますが、みなさま、後悔なさいませんよう、一度は劇場でご鑑賞を。以上、長文かつとりとめのない感想になりましたがここまで。