みなさんは覚えていらっしゃるでしょうか。私が、サイボーグ×格闘技マンガ「銃夢」シリーズの読者であることを。といっても淡々とした読者なので、新巻が出るたびに感想を記事にしているわけではありませんが。それでも、今回の『銃夢 火星戦記』10巻は見過ごせなかった。なにせこの巻は、幼い陽子に正しい姓が与えられた記念すべき巻なのですから。
「正しい姓」と言われても、ファンの方ですら「なんのこと?」とお思いでしょう。もちろん説明いたします。それは、P107で陽子の姓が「ソナン」となっていることです。火星戦記での陽子の名は今まで「陽子・ドルンブルグ」とされていましたが、このページでは「陽子・ソナン」になっています。何気なく書かれていますが、これは陽子の一生を左右する大切なことです。ムスターの計画が完遂された後でも「ドルンブルグ」姓のままだと、シドニア領主の家系に連なる子として扱われるでしょう。そうなれば、せっかくムスターが滅ぼしたシドニア領が復興してしまうかもしれません。それを避けるためにも、陽子の姓を「ソナン」へ訂正したのでしょう。これによって、火星法上の陽子の身分は「カグラ・ドルンブルグの子」から「ノリン・ソナンの子」に変わったわけです。
では、陽子の姓を「ドルンブルグ」から「ソナン」へと訂正してくれたのは、いったい誰でしょうか。考えられる人物は以下の4名です。
・ヌゲマ博士
・ムスター
・エーリカ
・ゾーイ
それでは、上記の4名について、順に可能性を考えていきましょう。まずはヌゲマ博士。ヌゲマ博士*1は、ムスターの妹であるノリンの体から、人面瘡のひとつだった陽子を摘出し、義体を与えた張本人です。陽子が一人の人間としてこの世にいるのは彼の狂気じみたアイデアのおかげだと思うと感慨深いですね。ヌゲマ博士は陽子の母体がノリンであることを知っているので、出生届を出すとしたら「ソナン」姓にするつもりだったでしょう。しかし、後の陽子はドルンブルグ家の子としてならず者に追跡されていました。つまり、陽子の出生届は「ドルンブルグ」姓で提出されたことになります。ヌゲマ博士はムスターの提案に乗って陽子を「ドルンブルグ」にすることに賛成したのかもしれません。犯罪者にされたソナン家の一員よりも、シドニア領主であるドルンブルグ家の一員としておいたほうが、陽子は手厚く保護され、大切に育てられることは間違いありません。そうなればヌゲマ博士はシドニア領主の跡継ぎをつくった医師となり、名誉を回復することができるでしょう。
ここまで考えると、ヌゲマ博士には陽子を「ドルンブルグ」にするメリットはあっても「ソナン」へ訂正する動機はないことがわかります。何よりヌゲマ博士は、ムスターの作戦が実行された日にはすでに故人です。陽子の母体を「カグラ・ドルンブルグ」とした論文(ヌゲマ・レポート)の完成とともに殺されたようなので、陽子の姓を「ソナン」へ訂正することはできません。
それでは、次の候補者ムスターについて考えてみましょう。ムスターもまた、陽子の母体がノリンであることを知っている人物の一人です。しかし彼はあの作戦で死亡したので作戦後に陽子の姓を訂正することはできませんし、陽子を「ソナン」にする動機もありません。作戦当日のゾーイに「皆殺し」を命じていたことからも、陽子を「ノリンの子」とは認めなかったのは明らかです。ムスターには、陽子を自分の姪として保護する気はありませんでした。だからこそムスターは、陽子に自分と同じ「ソナン」姓を与えなかったのです。
それでは次に、エーリカについて考えてみましょう。エーリカも、陽子の母体はカグラではなくノリンであることを知る一人です。では、エーリカには陽子を「ドルンブルグ」から「ソナン」に変える動機があるでしょうか。あるといえばあります。陽子がいつまでも「ドルンブルグ」のままだとまたお家騒動に巻き込まれかねません。そうなれば陽子と共に旅することは困難になります。エーリカにしてみれば追手は少ないほうがよいので、陽子を「ドルンブルグ」から「ソナン」に訂正する動機は充分にあります。しかし当時のエーリカは未成年なので、血縁関係のない陽子の姓を訂正することはできなかったのでは。役所に訂正書類を出そうとしても、陽子との関係や、保護者はどこにいるのかといったことをきかれて面倒でしょう。エーリカは賢い子なので、このような面倒ごとを考えると、わざわざ役所に行ったとは思えません。
しかし、エーリカが陽子の姓を訂正する機会はあります。陽子の姓を「ソナン」としたのは機甲術のコロニー、グリューンタルです。モズビー商会にたどり着いた時、2人の名をたずねられたエーリカが「私はエーリカ・ヴァルト」「この子は陽子・ソナン」と伝えたとしたら。支店長のハフェルカンプを通じて、グリューンタルに陽子の姓が伝わった可能性はあります。そう考えると、エーリカはなかなかの有力候補です。
それでは最後に、ゾーイについて考えてみましょう。ムスターの部下であるゾーイには、陽子の姓を訂正する動機も時間もあります。作戦上の道具にすぎない陽子に、敬愛するムスターと同じ姓を与えるのはシャクなことだったでしょうが、陽子が「ドルンブルグ」のままでいるよりはずっとよいでしょう。陽子が「ドルンブルグ」のままでは、シドニアの有力者に担ぎ上げられ、ムスターが心底から憎んだシドニア領の復興に利用されかねません。ゾーイはこれを避けようとして、陽子の姓を「ソナン」へと訂正したのではないでしょうか。
どうでしょうか。エーリカも有力候補でしたが、私は、陽子の姓を訂正したのはゾーイだと思います。グリューンタルは2人の身分照会を行い、行政上の氏名を確認しただけでしょう。こうして陽子は正しい名と安定した生活拠点を得て、戦士になる筋道ができたのです。未来では重罪人として地球に投下され「ガリィ」になるとわかっていても。ついつい、陽子の幸福を願ってしまいます。エーリカと陽子の人生に幸多からんことを。以上。
追記:この記事の公開後に読者様が増えました! 登録ありがとうございます。当ブログ「ロマンというほどでもない」は考察専門ではないので、考察系の記事は少なめですが、末永くおつきあいいただければ幸いです。
*1:フルネームはヌゲマ・ヌーバウアー。初登場時、本人は「ドクトル・ヌゲマ・ヌーバウアー」と名乗った。医学博士と思われるので、ここでは「博士」としておく。ゾーイいわく「人の形をした昆虫のような印象」の男らしい。