ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

サイボーグ格闘技マンガなのに悪人の博覧会と化した「銃夢」について。

今週のお題「名作」

 

「名作」の定義など人の数だけあるが、フィクション作品の場合、私の定義は「登場人物に血が通っていること」だ。登場人物がキャラクターじみておらず、それぞれの意志を持ち、生き生きとしている作品が名作だと思う。それでは登場人物が劇画風でリアルに描かれていればよいのかというと、それはちがう。外見はデフォルメされているほうが好みなので、キャラクターらしい外見×人間らしい情動を持つ登場人物が好きだ。この定義でいくと「ONEPIECE」も充分に名作なのだが、今回は「銃夢」の話をさせていただく。

銃夢」のすばらしいところはたくさんあるが、やはり「主人公以外の人々も生き生きとしている」ことが一番の魅力だろう。「銃夢」はあくまでもフィクションなのだから、登場人物はみんな作者の都合で生み出されているはずなのだが、ストーリー上の都合で登場しているとはとても思えないほど我が強い。地上でガリィの保護者だったイドは医師でありながら快楽殺人鬼でもあった。おまけにガリィに執着し、モーターボーラーになって独り立ちしたガリィに嫌がらせしようとする。イドは、人の良さそうな人相からは想像できない性格が良かった。

実際の知り合いにはいてほしくないが、眺めている分には面白い。「銃夢」の登場人物はみんなそうだ。上記のイドに限らない。それどころか、ストーリーが進めば進むほど、イドよりもはるかに意志が強くて邪悪な人間がうじゃうじゃとわいてくる。ガリィの行動範囲が広がり、物語のスケールが大きくなっていくにつれて、そのスケールに見合った邪悪さの人物が、ガリィの前に立ちふさがるのだ。全編を通して善人はあまり登場しないので人によってはうんざりするだろうが、私のように「様々な悪人を見たい」と思っている人間には非常に魅力的な作品である。

地上編ではラスボス扱いだったノヴァ教授はある意味では被害者でもあり、運命に抗おうとする点は誇り高い。故郷であるザレムを独立国家にしようとしたのは自由な研究のためだろうが、同時に、現行制度への抵抗でもある。「世界が残酷なのはあたりまえのこと」と言い切ってしまうあたり達観しているが、これはザレムの無人システムや己自身の邪悪さと向き合った結果であろう。制度や運命への「抵抗」を動機に始まったであろう研究は、地上に追放されることで好奇心や快楽のための研究に変化し、今ではほぼ不死身のマッドサイエンティストと化している。ノヴァ教授は読者に、実験場(ザレム)から逃げ出したモルモット(ザレム人)の底力と、科学と自由への飽くなき探究心を見せてくれる。未読の方からすると尊敬できそうな人物に思えるかもしれないが、「銃夢」世界の登場人物はそうはいかない。ノヴァ教授は知能が高く意志の強い人物ではあるが、その長所を惜しみなく悪用し、地上では生きた人間を継ぎはぎしてオブジェをつくったりしていた。しかも、人体オブジェ制作は研究の主目的ではないのだから質が悪い。

こんな人物でもまだ地上編のラスボス扱いなのだから恐れ入る。宇宙編では、ノヴァ教授の邪悪さがかわいいほうに思えてくる。一匹狼のノヴァ教授とちがって、合法的な権力を持った人々が次々に登場するからだ。人類を地球外へ進出させることを優先したアーサー。親族を暗殺して領主の座を奪ったカグラ。カグラに復讐するため一国を滅ぼしたムスター。他人の思考を検閲するムバディ。太陽系の統一帝国を成そうとするオースタッド。さらには惑星級AIのユピタンも、人類の支配を目論んでいる。我欲だけで突っ走る人物ばかりではないが、やはり邪悪な人々にはちがいない。こういった人たちを見ていると、やっとの思いで自由をつかんだノヴァ教授を祝福したくなってくる。

銃夢」は地上編からしてサイボーグ格闘技×人間ドラマのマンガであったが、宇宙編になってからは悪人の博覧会と化した。単純な暴力主義者の絶火から、人類の頂点に立とうとする長老オースタッドまで。どの悪人も自らの性質を恥じることなく、堂々と生きていることに好感が持てる。彼らを見ていると、罪悪感とは無力な者が抱くものなのだと痛感する。

ここまでお読みの方はすでにお気づきであろう。私が言う「登場人物が生き生きとしている」というのは、悪人が悪人らしく自由にふるまっている様子を表しているのだと。フィクションにおける悪人は社会問題や争乱を引き起こすために存在しているが「銃夢」においてはわざとらしくなく、吐き気をもよおすほどでもない、絶妙な案配の悪人ぶりである。悪人が乱立することで社会構造に深みが出て、作品の魅力が増している。悪人なくしてフィクションは成り立たない…わけではないが、少なくとも「銃夢」においては魅力のひとつだ。まだ未読の方には、もういっそ宇宙編から読んでほしいぐらいである。冗談抜きで一度、読んでみてほしい。もはやSF要素抜きでも面白いから。ただし、地上(クズ鉄町)編はシリアスすぎて辛いのでおすすめしない。天下一武道会のようなノリで武闘大会が開かれるラストオーダー編からがおすすめだ。

 

以上、サイボーグ格闘技マンガなのに悪人の博覧会と化した「銃夢」について語らせてもらいました。あなたの蔵書に「銃夢」シリーズが加わりますように。

 

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