ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

自分の中で古びた物といえばiPod mini

今週のお題「懐かしいもの」

 

 このお題に参加するため「懐かしいもの」を列挙しようとしたら、そもそもの「懐かしい」の定義につまずいた。「懐かしい」の意味をググった後で考えたのは「懐かしいと言うためには、いったん自分の中で古びていなければならない」ということ。現役のものだと懐かしさの対象にならないのである。たとえばiPod classic。たとえば初代DS。たとえばPS Vita。どれも実際に使っていたのは何年も前だが、このブログでとりあげたことがあるし、どれもまだ手元にある。もしも充電して起動できたら、それらは現役機だ。したがって、懐かしさの対象にはならない。動かないなら動かないで、ジャンク品か小型家電として処分しなければならない。たとえ動いたとしても、まだ手元にある時点で懐かしさの対象外かもしれない。どうも懐かしさというのは、手元にないものに対して言うようだ。思い出の中にあるものが、真に懐かしきものである。

 では、すでに手元にない物について考えてみよう。実を言うと私の場合、歴代のiPodはみんなもらい物である。ピンク色のiPod miniも、もらい物の一台。これは父からもらったもので、私にとって初めてのiPodだった。一体成型と見まごうほど隙間の少ない金属製のボディは分厚くもつややかで丸みをおびており、今までふれてきた携帯電話やゲーム機よりもはるかに美しく、頑丈そうに見えた。この、当時最先端な外見に反して、iPod miniの画面はまだモノクロ。このアンバランスも魅力だった。見慣れないボディでも、画面はゲームボーイで慣れ親しんだ感じがして緊張しなかった。生まれて初めてのホイール操作には戸惑ったがすぐに慣れた。当時の私は高校生だったので、新しいことに慣れるのは速い。一説によると20代までに親しんだもので、その人の趣味や好みが決まるというから、十代のうちに格好いい物を持つことは大切だと思う。十代の子がいる親御さんは、お子さんがスニーカーや楽器や最新ガジェットなど、高価な物を買いまくる趣味に没頭していてもあまり叱らないであげてほしい。その時期に磨いたセンスで残りの人生を乗り切ることになるから。

 閑話休題iPod mini*1の話に戻ろう。私はこれを導入してから、初めてiTunesにふれた。なんと、CDを取り込んで同期するだけではなく、ストアで配信されている曲も買えるという。なんという時代になったのだろう。実を言うと1曲単位で買いたかった私としては大歓迎だった。iPod miniを使う前はポータブルCDプレイヤーを使っており、音楽を持ち歩くことそのものは初めてではなかったものの、好きなプレイリストをつくれるのは画期的だった。もう、アルバムの曲順に縛られることはないのだ。特定のアーティストのファンになってアルバムを買うことはめったになかった私にとって、これは渡りに船。ということで、新しい曲を買うたびにちまちまとiTunesをいじっていた。iPod miniの限られた容量の中に好きな曲を入れ、制服のポケットに入れて通学電車に乗る。小さなヘッドホンをつけ、見飽きた景色に好きなBGMを流しながら歩くと、アニメの登場人物にでもなったような気分で楽しかった。これといった周辺機器は買わなかったが、新しくiPod nano*2をもらっても処分せず「まだ使えるから」と、母へゆずる程度には愛着があった。実際、iPodシリーズはどれも意外と長く使えた気がする。

 実を言うと、今の私は「耳の中で音楽が鳴る」こと自体が苦手(というか無理)になってしまい、手元に残ったiPodたちは久しく起動していない。それでも、iPodは青春の象徴だ。シリーズそのものがなくなったことは悲しいけれど、Apple様には心から感謝している。地味な女子高生を、アニメの主人公みたいな気分にしてくれてありがとう。

 

以上「懐かしいもの」といえばiPod miniの件をお送りいたしました。

*1:ボタンに色はついていなかったので、おそらく初代。調べたところ、容量は4GBだったらしい。カラバリは全5色。

*2:横向き操作に対応した縦長ボディ。調べたところ第4世代だった。カラバリは全9色で、私が持っていたのはピンク色。