ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

【ネタバレ注意】マンガ『亜人』が完結したので語ります。佐藤さんがかっこよくて問題提起もすばらしかった!

目次 

 

今月、ついに最終巻が出て単行本派にとっても『亜人』が完結しましたので(全巻セットで処分しちまう前に)このマンガについて語ろうと思います。ちなみに連載期間は9年に及んだそうです。意外と長い。

 

ほぼ主役の敵役、佐藤さんについて

 マンガといえば好きなキャラについて語るのが定番かと思います。私が本作で好きなキャラは断然「佐藤*1」さんですね。『亜人』を未読の方がこの記事を読んでいるかもしれないので念のため佐藤さんの特性を大ざっぱに説明すると、佐藤さんは、温和そうな顔つき*2に似合わない無慈悲な軍人スキルで大量虐殺する不死身の頭脳派テロリストで、中盤*3からはほぼ主役の敵役です。私は人殺しのキャラなら誰でも好きになるわけではありませんが、作中で葛藤も躊躇もなく人を殺すキャラは基本的に、道徳観から解放された(あるいはわざと無視している)自由人であることが多いので私の気に入りやすいという事情はあります。人殺しである必要はないけど自由人が好き。なので亜人」では佐藤さん推しです。『亜人』は全17巻で完結していますが佐藤さんの初登場は早くも1巻、出自が明かされたのは7巻でした。17巻の後記によると途中から作画担当の方がストーリーも担当し、連載しながら展開を考えていったことが書かれています。この後記を読むと佐藤というキャラクター(亜人テロリストのリーダー)は大まかなイメージだけがあり詳しい出自は設定されておらず元アメリカ海兵という設定は後付けだとも考えられます。この設定が固まるまで佐藤さんは「佐藤」という偽名を使う謎の日本人(後に元傭兵と判明)という感じの設定だったのかも。これはこれで面白くなっていたでしょう。しかし、佐藤さんの強さの由来をアメリカ海兵時代に受けた訓練の成果だと設定し、アメリカ人でありながらアジア人らしい顔つきなのはアジア人とのハーフだからだという出自を設定したおかげで佐藤さんは国から国へ移住することに抵抗を感じないグローバルな、奥行のある性格の人物になりました。佐藤さんの趣味はTVゲームなので世界のTVゲームシーンをひっぱっている国へ行きたいという動機で移住します。そして移住先の国をテロのターゲットに。これはなんとも迷惑な話です。日本で永井くん(主人公)たちが佐藤さんを止められたからよかったものの、16巻であのまま見送って国外脱出を許そうものなら次は韓国が標的になっていました。そして日本政府が韓国、ひいては国際社会から責められることになったでしょう。韓国にも永井くん並みの知能を持つ人物はいるでしょうし、高知能な人物が亜人の兵士を指揮できれば日本以外の国でも佐藤さんを確保し無力化することは可能だったかもしれません。しかし日本のように手際よくやれたかどうかは疑問です。作中の日本にとってラッキーだったのは高い知能を持つ亜人という好都合な属性を持つ人物、永井くんが佐藤を倒すために動いてくれたこと。日本政府は永井くんに心から感謝し、一生分の生活資金を融通するべきだと思いますが。それはまあ置いといて。佐藤さんの考察はこのへんにして、次はこのマンガが提起した問題についてお話ししたいと思います。

 

 このマンガの問題提起。不死身の相手でも尊重するべきか?

 このマンガが提起した問題は「不死身の相手でも尊重するべきか?」です。これに対する私の答えは「人間である以上は尊重するべき」です。不死身でも痛覚や感情は持っているのですから、同意も麻酔もなしにひたすら人体実験をすることは許されないと考えます。相手を尊重する基準は「死ぬか否か」ではなく、せめて「人間か否か」であるべきです。私は人間以外の生命も尊重されてほしいと思う派ですが、それはこの際置いておきましょう。作中の日本とアメリカにおける亜人の待遇の差は、相手を尊重する基準が異なることに起因しているのだと思います。日本政府は人の死=損失だと捉えており、人が死ぬと働き手が減ったり雇い主が遺族から訴えられるなど不都合があるので国民を保護しているのでしょう。だからまったくなんの損失にもならない相手(亜人)がみつかった時、一方的に利用して利益をあげることにしたのではないかと。これに対してアメリカは、亜人であろうが国民は国民なので保護するという方針を採り、亜人たちは監視つきとはいえ平和な私生活を営んでいるように見えます。亜人の性質を利用して新発見をしたり利益をあげたりしたいという本音と、国民は保護しなければならないとう建前の見事な合体が現状なのでしょう。原爆を落とした国とは思えない人道的な待遇ですが、逆にあの戦争がアメリカという国を反省させたのかもしれません。

 実はこの作品で最もムカつくのはアメリカでもなければ日本政府でもなく、無責任な日本国民でした。作中の彼らにしてみればあの一連のテロ事件は、生命とは何か、人権とは何か、もし自分も亜人だったらどうするかといった問題を提起する重要な事件だったはずなのに、いざ収束したら忘れられ、北極グマの赤ちゃんのニュースが流れる。おい。おいおいおいおいそういうところやぞ。あんたらみたいな態度の人間ばっかりだとそのうちガチで権利のためのテロを起こす奴らが出てくるぞ。不死身の囚人にメシを出す収容施設は人道的ですばらしく、少しは権利が向上したのかと思いますが。とりあえず、作中の世界では亜人であることは隠しておいたほうがよさそうです。私が当事者だったらたぶんそうするな。実験材料にされるのはもちろんのこと、崇拝されるのも私はごめんこうむります。

 

以上、実は問題提起系SFマンガの『亜人』について語りました。人生を楽しんでる人が見たい人は読め。佐藤さんの生き様は楽しそうやぞ! めっちゃ人殺しするけど。

 

 

*1:日本政府関係者からは通称「帽子」と呼ばれていた。イギリス人の父と中国人の母をもつアメリカ人。本名はSamuel T.Owenで、不名誉除隊した元アメリカ海兵。本人が自分の本名からSato(佐藤)という日本人らしい偽名を考えついたと思われるが作中では説明されない。

*2:太めの下がり眉に細い目に高めの鼻筋。親切かつ人畜無害に見える柔和な顔立ち。このテロリストらしからぬ顔で楽しそうに人を殺しまくることが彼の魅力のひとつである。

*3:7巻以降。フォージ安全ビル編からは高い戦闘スキルと亜人ならではの移動方法で大暴れする。亜人の特性が活用されるので、正直な話、入間基地編よりも読み応えがあって面白い。