ロマンというほどでもない

日常以上、ロマン未満のモノを紹介するブログ。たまに私見も書きます。

【創作】ショートショート『光害』

※この物語は、筆者が読んだニュースを元にした一次創作です。

 

「あの規則がなければ、あんな事故は起きませんでした! 死者が出ることもなかった! あの飛行規則は改定されるべきです! そう思われませんか!? 飛行大臣!」
 飛行大臣は意識の高い飛行省の職員に詰め寄られて困った。
「そうは言うけどね君、あれは飛行する者の安全を確保するための、ありがたーい規則なんだよ? それに異を唱えるのはどうかと思うけどなあ」
 ここで職員が問題にしている飛行規則は「飛行時は常に、背面に光を受けるべし」というものだ。自然の光源である星々の光は空にあるので、その光を背面に受ければ背面を空に向けることになる。背面を空に向けて飛行すれば水平な姿勢が維持されるので墜落することはない、という所見のもとにつくられた規則である。
「しかし! 現に死者が出てしまった以上、あの規則を改定しないわけにはいかないでしょう!? そもそも、あの規則は時代に合っていません!」
 この規則のため飛行中に姿勢を崩して墜落する事故が相次いだ。人工的な光が少なかった時代ならともかく、光害の多い現代に適していないことは明らかだ。
「さっきから聞いていると、君は「死者が出た」ことを問題視しているね。でもそれってさ、死んだやつが悪いんじゃないの? 規則ができた理由も考えないでぼーっと飛ぶから落ちるんでしょ。安全のための規則なのに、危険を避けないなんてバカだよ。そんなバカのためにわざわざ重臣会議で議論するなんて、それこそバカらしいじゃない。だから議論しない。ハイ、この件はこれで終わり!」
 飛行大臣は規則の改定を首相に直訴するどころか、議題にすること自体に反対らしい。事なかれ主義が透けて見える日和見的な大臣の態度に、職員はますます怒りを感じた。
「何も考えずに規則に従う者はバカかもしれませんが、守るべき市民ではあることは変わりありません! あの規則は改定されるべきです!」
 職員は怒りをこらえるために一拍の間を置いてから、大臣に頭を下げた。
「どうか、お願いします!」
「あのね、君は僕に頭を下げるだけでいいけどね、僕は首相に頭を下げないといけないんだよ? 会議で問題提起したら僕の責任になっちゃうんだから。責任の重みがちがうんだよ。そこんとこ、わかってるの?」
 この若造は、あの首相に面と向かって規則の改定を提案しろと言う。そんなことは考えただけで怖ろしいし、他の大臣たちも反対することは目に見えている。それなのになぜ、自分がそんな貧乏くじを引かなければいけないのか。
「私には首相にお会いする資格がありません。だからこそ、大臣にお願いしているんです!」
 大臣はなんとかこの責任から逃れようと懸命に考え、画期的な案を思いついた。
「あのさあ、なんで君は「規則を時代に合わせる」ことにこだわるの? 「時代を規則に合わせる」という発想はないの? 要は人工的な光源がなくなればいいんでしょ? だったらさ、規則じゃなくて人間を変えようよ」
 規則ではなく人間を変えようという大臣の案に職員は驚き、頭を上げて大臣と目を合わせ、真意を確かめようとした。
「しかし、街灯をいくら壊してもキリがありません。すぐに再建されてしまいます」
「そんなことわかってるよ。だから、人間を消そうって言ってるの。あいつらがいなくなれば、他の種族だってきっと喜んでくれるよ」
「まさか、人間を絶滅させようというのですか!?」
「その通りだ」
「そんな! 人間は確かに有害な生物ですが、彼らにだって生きる権利はあります!」
 人間を絶滅させることは、飛行規則を変えるよりもはるかに困難だ。何より、非道徳的である。とても賛成できる案ではない。
「君は、忘れたのか? 奴らが森を焼き、我々を虐殺してきたことを。罪なき我々、昆虫を!」
 クワガタの飛行大臣は、カブトムシの職員に問う。
「人間どもを駆除して何が悪い!? 奴らさえ滅ぼせば、あらゆる問題がなくなる! 虫網も、殺虫剤も、光害もだ! 奴らが殺虫剤で我々を殺していいなら、我々が殺人剤で奴らを殺してもいいはずだ!」
「現実を規則に合わせようというのですか。人間を滅ぼせば、規則を守って背中から焚火に落ちる者もいなくなると?」
「そうだ。規則が時代に合わないのではない。時代が規則に合わなくなったのだ。奴らは増え、そこらじゅうにビルや街灯を建てるようになってしまった。奴らが消えれば都市は永遠に光を失い、我らの規則を「愚かな習性だ」とあざ笑う者もいなくなる。すばらしいではないか!」
「昆虫には『自ら炎に飛び込む習性がある』と思われているのは確かに屈辱的で、心外です。その点には同意します。しかし、私は虐殺者になりたくありません。それでは人間たちと同じではないですか! 争っても殺し合わないことこそ、甲虫の誇りでしょう!?」
 昆虫のなかでも甲虫族は温厚だ。雄はアゴや角を使って互いに争うが、殺し合いはしない。主義主張のために戦う勇気はあれど、相手を殺すほど野蛮ではない。勇気と理性をあわせ持つからこそ、昆虫界の指導者を任されているのだ。甲虫族は、野蛮な肉食カマキリや理性のない人間たちとはわけがちがう。
「誇りを保つために殺され続けろとでも言うのか!?」
 クワガタの大臣は激昂するが、カブトムシの職員はひるまない。
「そうは言っていません。まずは、規則を変えましょう。人間たちを消すのは、規則に改善の余地がなくなってからでも遅くありません」
「遅い! それまでにどれだけの昆虫が殺されると思っている!?」
「あなたはただ、首相に意見するのが怖ろしくて問題をすり替えているだけです!」
 現首相はヘラクレスオオカブトの生まれで、その体格を讃えられるほどの巨漢である。これに対して飛行大臣はコクワガタの中でも特に小柄な個体なので、意見するどころか同じ会議室にいるだけで恐怖を感じるのかもしれない。無理もないことではあるが、ここはなんとか鎮めなければならない。
「目を覚ましてください!」
 カブトムシの職員は、コクワガタの大臣を説得しようとした。これはまだ議題にさえなっていないことだ。この大臣さえ鎮めればいい。こんなに野蛮で大それた案は、自分たちふたりの胸の中にしまっておくべきだ。
「し、しかし…」
 大臣はまだ渋っている。あの首相に意見することがよほど怖ろしいらしい。このままではらちが明かないと判断した職員は、現大臣に規則を変えさせることをあきらめた。こうなれば自分が新たな飛行大臣になり、飛行規則を改定するしかない。
「話は変わりますが、大臣選挙が近いですね」
「あ、ああ。そういえば、そろそろだな」
「職員には、大臣への立候補権がありますよね。次の選挙では、私を推薦していただけませんか? 私が飛行大臣になって、規則を変えます」
「そうは言ってもだね君、僕にも立場というものがある。そうそう、大臣の職を降りるわけにはいかんよ」
「墜落事故が増えていることは、大臣もご存じでしょう。このままでは、飛行大臣が責任を問われますよ。時代に合わない規則を放置したことも問題になるでしょう」
「た、たしかに…」
 大臣はすばやく計算した。規則を変えても変えなくても、どちらにせよ責任を問われるのだとしたら割に合わない。責任を追及されるまで黙っていると心象が悪いだろうが、自分から規則の改定を言い出せば具体的な案を考えなければならないので面倒だ。面倒ごとは後進に押しつけるに限るし、爽やかに引退したほうが世間体を保てて良いだろう。
「ふむ。よかろう。次の選挙では君を推薦しよう。君の手腕を見せてくれ」
「はい! よろしくお願いします!」
 コクワガタの大臣を鎮めることに成功したヤマトカブトムシの職員は、再び頭を下げた。
 こうして昆虫界の「飛行中は常に背面に光を受けるべし」という馬鹿げた規則は改定され、昆虫が自ら焚火に落ちることはなくなった。
 昆虫が俗にいう「走光性」を見せなくなったことで人間界の昆虫学会はひどく混乱したが、それはまた別の物語である。 終

 

以上。ショートショート、昆虫視点の「光害」をお送りいたしました。

 

2024/2/16追記:参考にしたニュースはこちら(⇩)

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