今週のお題「好きな小説」
大人になるにつれて小説に興味が持てなくなった。少なくとも大学生頃にはもう興味がなかった。さすがに芥川賞と直木賞と本屋大賞の存在ぐらいは知っていたが、具体的にどの作品が受賞したのかは調べなかった。今でも賞やランキングは無視している。学生時代に読んでいたのはもっぱら、人文学系の新書だ。フィクションを読むのは、作者の手のひらの上で踊らされるようで気に食わなかった。他人がつくったフィクションよりも、現実の一部を解説してくれる本が好きだ。
そんな私が今でも好きな小説は、当然ながら幼少期に読んだもの…かと思いきや、意外にも大人になってから読んだ一作だったりする。それは、古本で買った『ダブ(エ)ストン街道』である。作者は浅暮三文。あらすじは「主人公が夢遊病の恋人を探して霧深い島にたどり着き、その島でひたすらさまよう」といった感じだ。登場人物や感想など、詳しいことは過去記事を読んでいただくとして(⇩)
この作品の何が不思議かというと、読んだきっかけを思い出せないことだ。あらすじが自分好みで面白そうだから読みたくなったのだろうが、どんな経緯で出会ったのだろう。どこかで誰かの書評を読む➡自分もその作品を読みたくなるというのが本との出会いでありがちなパターンだ。しかし『ダブ(エ)ストン街道』に関しては出会いの記憶がまったくない。いつ頃どこで誰の書評を読んだのか、まったく憶えていない。ついでに言うと買った場所すら忘れた*1。いつの間にか手元にあって、読み終わったら好きになっていた。好きだから、ずっと本棚に残している。すでに古本だから転売する価値がないというのもあるが、何より、あまりにも気に入りすぎて処分するという選択肢がない。Amazonでは紙の本がプレミア化しているので、電子書籍でないと買いなおす気になれない。そうなるとこの一冊がよけいに手放せないが、文庫本なのでまったく問題ない。むしろ、末永く本棚の一角にいてほしい。そんな一作だが、Amazonで購入履歴を調べるついでに、初めて他人のレビューを読んでみたら低評価もあって驚いた。まあ、ストーリーラインは単純で面白みがないかもしれない。主人公が郵便配達夫とともに霧深い島でさまようだけだ。登場する生物や景色も、そこまで幻想的ではない。ダブ(エ)ストン島は地球上にあり、住民は世界各地から流れついた人々の集まりなので、作中の人々は実在する言語を話している。通貨はないので物々交換が行われているが、ハイファンタジーと呼べるほど高度で複雑な設定はない。だからこそファンタジー嫌いにもとっつきやすくて良いと思う。剣と魔法の世界に飽き飽きした大人にこそ読んでほしい。特に、人生に迷っている人、人生に迷っていてよいのかと迷っている人に読んでほしい。
ここまで書いて気がついた。私にとって『ダブ(エ)ストン街道』は、ただのフィクションではないのだと。人生に目的を持てず生き迷っている私に「そのまま迷い続ける」という驚くべき答えをくれたから、珍しく小説に感銘を受けたから、大切に持ち続けているのだ。どうやら私が「気に食わない」と思っていたのは、フィクションそのものではなくエンタメ作品だったらしい。エンタメに全振りしたものが苦手なだけで、適度に抒情的なものには感動するようだ。『ダブ(エ)ストン街道』は、幻想と抒情性のバランスがすばらしかった。子供の頃に読んでもまったく良さがわからなかっただろう。これを機に『ダブ(エ)ストン街道』の読者が増えてくれたら嬉しい。
以上、大人になったからこそ好きになった小説『ダブ(エ)ストン街道』についてでした。これから読む人には安価な電子書籍がおすすめ(⇩)