おれはポケモンのソウブレイズ。この結晶洞窟で生まれたからカルボウだったことはないし、まだ外を見たこともない。外にはぜんぜん興味ないから、見なくていいけど。外からやってくる人間のトレーナーどもは、テラスタルが使えない。☆6のおれはレベル90なことも知らないで、レベル75ぽっちで挑んできやがる。☆5と☆6を同じだと思うなんてナメすぎだ。おまけにあいつらときたら、いつも同じポケモンを使いやがる。あいつらにはおれのレベルがわからないからしかたないとしても、使うポケモンや戦法は変えてほしいところだ。本当におれを捕まえる気があるのか? いつもおれが圧勝するからバトルしてもつまらないし退屈だ。人間のトレーナーは弱っちいな。あんなやつらしかいない世界なんか見る価値ないぜ。
「まあまあ。そう言わないで。人間がみんなテラスタルを使えないわけじゃないのよ」
今、おれに話しかけてきたのは☆6電気の結晶洞窟で、おれの母さんだ。母さんはおれにいろんなことを教えてくれたけど、この話は信じられないな。人間にもテタスタルが使えるやつがいるなんて。
「母さんはあなたにウソをつきません。人間のテラスタル使いは本当にいるの。オーブとかいう道具を使えばテラスタルできるのよ。オーブを使うには、リーグとかいう集団の許可を得ないといけないらしいけど」
ふうん。人間の決まり事は面倒くせえんだな。おれは人間じゃなくてよかったぜ。母さんさえいればいくらでもテラスタルできるんだから。
「それはそうだけど…弱いトレーナーとばかり戦っていても退屈でしょう。テラスタル使いをみつけたら、一緒に外へ出なさい。外に出れば、今よりもっと強くなれるから」
冗談言うなよ。おれは母さんと離れたくない。母さんと離れるぐらいなら、強くならなくていい。だから、外になんか出なくていいんだ。
「まあ、なんて甘えた子なんでしょう。そんなこと言ってると、次のバトルではわざと負けさせるわよ。テラスタル使いじゃないザコトレーナーに捕まって、こき使われればいいんだわ」
母さんこそ、そんなこと言うなよ! たとえテラスタル使いでも、人間なんかろくな連中じゃない。何かろくでもないことを手伝わされるのがおちだ。
「そんなことありません。テラスタル使いは強いか賢い。どちらにせよ、その判断にまちがいはありません。捕まったらおとなしく従うように。二度と母のもとに戻ってはいけません。わかりましたね?」
わかった、わかったよ。母さんから離れなくないけど、母さんがおれに出てってほしいんだったら、そうする。そろそろ新しい子をつくりたいんだろ?
「そうです。だからといって、あなたをザコには渡しません。安心なさい。テタスタル使いが現れるまでは一緒にいられるから」
でも、お別れは近いかもしれないな。なんか、次のバトルが最後になる気がする。
「母さんもそんな気がするわ。近々、人間のテラスタル使いが来る。その時は野生で最後のバトルになるから、楽しみましょうね」
そうだな。思いっきり楽しもう! 人間どもの戦法はいつも単純でつまらないけど、母さんといっしょに戦うのは好きだ。
「そう。ありがとう」
おれの予感は的中した。次に挑んできたパーティには、テラスタル使いがいた。レベル100のバンバドロが地面タイプにテラスタルしやがった。テラスタルしたバンバドロは、半球形の重そうな冠を頂きながら苦も無く動く。てっぺきで防御を上げたと思ったら、容赦なくじしんを連発してきやがる。おれのテラスタイプは電気だから、効果は抜群だ。バリヤーを張った後も、着実にHPが減っていく。
「10まんばりきではなくじしんを使うとは。命中率を重視しているのね。でもPPは増やしていないから、10回以内に決着すると思ってるみたい」
おれの本体とテラスタイプが一致してないからって、なめすぎだろ! ムカつくぜ!
「むねんのつるぎでも回復が間に合わないわ。負けるわね」
そんな! 母さん、何か知恵をかしてくれよ!
「悪あがきは良くないわ。あきらめなさい」
母さんの言葉が冷たくなったと思ったら、バリヤーを突破されていた。おれはつるぎのまいを使って攻撃力を上げたが、無駄な抵抗だった。10発目のじしんをくらい、ついにHPが尽きる。冠も装甲も砕け散って、もう立っているのがやっとだ。
「さようなら。いつか、もっと強くなって会いに来てね」
うん。さよなら、母さん。
「楽しみに待ってるから」
おれはテラスタル使いが投げた輝くボールに吸い込まれて意識を失った。
「やったあああ! ソウブレイズつかまえたあああ!」
おれを捕まえた人間は、ひんしのおれが入ったボールを持って飛び跳ねているらしい。ぐらぐら揺れて気持ち悪いから目が覚めた。ボールの外を見ても、黄色い結晶の母さんの姿は見えない。もうケリがついたんだから、さっさと回復させてほしいんだが。
「やっと図鑑が進んだなあ。カルボウの進化方法がわからなかったから、野生で出てくれてよかった。さすがは☆6!」
母さんがほめられるのは嬉しいけど、こいつ、トレーナーというよりコレクターだな。
「あ、回復させなきゃ。浮かれてる場合じゃなかった。ヘイ! タクシー!」
回復してからはテラスタル使いの人間アオイのために戦ってやったが、道中では悪夢のような光景を見た。ゲンガーがゴーストの群れに、ムウマージがムウマージの群れに、シャリタツがシャリタツの群れに、ドラパルトがドロンチの群れに突っ込んで、野生の群れを全滅させる様を何度も見た。人間に捕まると同族への愛着がなくなるのか。それとも、ゴーストとドラゴンには元から同族愛がないのか。怖れを通り越してむしろ笑えたのは、ピンク色のハクリューがミニリュウの群れに突っ込んだ時だ。そのハクリューはついさっきまでその池にいたピンク色のミニリュウだったのに、ハクリューに進化したとたん、あたりにいるミニリュウを襲いはじめた。どうやらカイリューに進化するまで経験値を稼ぐつもりらしいが、さっきまでいっしょにいたやつらを襲えるなんて、どうかしてる。 色ちがいのやつは体色だけじゃなく精神までおかしいのかもしれない。
「色ちがいのカイリュー楽しみ! 何色になるんだろ? やっぱりピンク色なのかな」
主人のアオイはこの光景を平然と眺めている。残酷なことをさせている自覚はないらしい。やっぱり人間はろくでもないやつだぜ、母さん。
「まあそう言わないでよ。残酷ではあるけど、経験値の効率はいいんだから」
全然よくねえだろ…って、あ!? なんでおれの思考が伝わってるんだ!? ボールの翻訳機能は一方通行じゃないのか⁉
「いや、それは一方通行だよ。モンスターボールは人語を訳すだけ。あたしは君の思考を直接読んでいるのだ! すごいでしょ!?」
なんで今まで黙ってやがった!? やっぱりおまえは信用ならねえ!
「そんなあ。☆7レイドに招待されたから、君に戦ってほしいのに」
そんなのおれの知ったことじゃな…☆7!?
「うん。☆7。草タイプのヒスイジュナイパーだって」
相手のポケモンはきいてねえよ。おれは、母さんの上がいることに驚いたんだ。☆6の母さんが最強だと思ってたぜ。☆7なんかいるんだな。
「☆6は最強じゃないけど、今は君の母さんが最強だよ。君に戦ってほしいっていうのは、君の母さんの要望でもあるの」
は? どういう意味だ?
「今回は担当者がちがうんだって。前回のレイドが人気すぎて、☆7さんが疲弊してるらしくて。なんせ前回の☆7レイドはミュウツーだったからね。挑戦者が殺到して、☆7さんが疲れちゃって。だから☆6さんがかわってあげることにしたんだって。つまり、今回の担当者は君の母さんなんだよ」
なるほど、そういうことか。最強の結晶洞窟なら回復は早そうだから問題なさそうだな。心配なのは母さんだ。母さんは確かに結晶洞窟だけど、☆6だし電気タイプだからな。急に☆7草なんかに変わったら…。
「うん。心配だよね。ちゃんと試合になるのかな」
そっちの心配じゃねえよ! おれは母さんそのものを心配してるんだ! 急に色々変わったら、母さんの性格も変わってるかもしれないだろ!
「でも、君のことは覚えてるみたいだし。そっちは心配いらないと思うけどな。私はあのクレバーな☆7さんに会えないのが残念だよ」
おまえ本当にクズだな。わかったよ。今回はおれが行くから、さっさとテラスタルチェンジに連れてけ。
「ちょっと待って。ハクリューがレベル54になったから。進化させてあげないと」
アオイはピンク色のハクリューをいったんボールに戻し、あたりのポケモンを数匹倒して、ハクリューをレベル55にした。すると、ピンク色のハクリューが進化した。色ちがいのカイリューの体色は、なんと緑色だ。
「すごい! ガラッと変わったなあ! 通常色もいいけど、こっちのがドラゴンぽい!」
アオイは無邪気にはしゃいでいる。緑色のカイリューも嬉しそうだ。ついでにおれにも経験値が入り、レベル100になった。
「おっ。君もついにレベル100になったね。よかった。それじゃあ、テラスタルチェンジに行こうか」
アオイはおれを宝食堂へ連れて行き、おれのテラスタイプを炎に変えた。母さんがくれた電気タイプを変えるのは惜しかったが、電気のままでは草に勝てない。
「それで、今回の作戦なんだけど…」
アオイはとなりの席で握り飯をほおばりながら作戦を説明しようとしたが、まだ何も思いついていなかったらしく、いったん口を閉ざした。
「うーん。相手の行動パターンがわからないと、どうしようもないなあ。技の構成は…ひとまず炎タイプの攻撃技と、つるぎのまいで様子見しようか。初手はおにびかな。よし。ごちそうさま!」
タクシーを降りる前から、おれには母さんがわかった。母さんはいつも黄色かったが、今は真っ黒だ。元気かどうかは話しかけてみないとわからない。
「電気さん! 要望通り、連れてきたよ! お子さんのソウブレイズ!」
「まあ! ありがとう。久しぶりね。すっかり育って、見違えたわ。もうレベルは100になった?」
母さんが元気そうで安心したぜ。あの日、外に出たらおれのレベルが急に75まで下がって驚いたけどな。今日、レベル100になったぜ。
「今日ですって? まあ。ずいぶんかかったのね」
「アメ類は使わない主義なんで。せっかく捕まえたんだから、長くつきあいたいじゃないですか。だから地道に、学校最強大会とオートバトルをですね…」
「なるほど。それじゃあ、いつでもかかってらっしゃい。今日は私が☆7よ」
「知ってますよ。あなたに招待されたんですから…それじゃあ、行きます!」
母さんは中まで真っ黒だった。母さんの中なのに黄色くないのは初めてだが、今はとにかくおにびを放つ。幸いにしておれは先手を取れたので、ジュナイパーはあっさりやけどした。
「ヒスイジュナイパーは格闘タイプだから、テラスタルしてゴーストタイプがはずれるまでは、こっちがタイプ一致をくらうことはない。次はつるぎのまいを…」
アオイはつぶやいたが、おれにはつるぎのまいを使う余裕がなかった。いきなりシャドークローをくらったからだ。この一撃でおれのHPは三分の一ほど減った。
「うわっ。ゴースト対策までしてあるのかー。さすが、抜かりないなあ」
こんなの聞いてねえし痛えよ! 母さん、自分の子にも容赦ねえな!
「母さんは今、☆7担当ですからね。グレードに恥じないバトルをしないと。ほら、早くしないと次を撃ちますよ」
くそっ。アオイ、次はどうするんだ!?
「むねんのつるぎを連発して回復。バリヤーを張られたら行動パターンを観察」
妙に冷静なアオイが気になるが、とにかくむねんのつるぎで回復に専念する。ジュナイパーは早くもデバフを解除し、やけどの効果はなくなっていた。それでもおれは、なんとか3撃目のシャドークローに耐える。
「そろそろテラスタルしよっか。格闘タイプの技が当たるようになるから注意してね」
わかった。もうシャドークローはくらいたくないし、効果抜群じゃなきゃ耐えられるはずだ。よし、テラスタルするぞ! かまえろ!
「OK!」
アオイがオーブを使い、おれは炎タイプにテラスタルした。テラスタルしてもおれのHPはもう増えないしデバフの解除もできない。我ながら頼りないが、これで戦うしかない。炎の単タイプになったから、シャドークローのダメージは等倍に下がる。むねんのつるぎのPPは増やしてあるからなんとかなるはずだ。
「そううまくいくかな?」
おまえはどっちの味方なんだよ⁉ ジュナイパーがバリヤー張ったぞ、指示しろ!
「待って。☆7はたいてい、バリヤー前後で行動が変わるんだよ」
アオイの言った通りだった。ジュナイパーはつるぎのまいで攻撃を上げ、3ほんのやを撃ってきた。相手の攻撃アップでこっちのダメージ量は増えたし、追加効果で防御が下がるからやっかいだ。
「やっぱりね。このままじゃ回復量が足りないなあ。かといってつるぎのまいを使うすきもないし」
じゃあどうすんだよ⁉
「んー。ここはいったん、降参で」
はあ!? ここまできて降参だと!? もう相手のHPは黄色いのに!
「まだ半分は残ってるでしょ。今回は無理だって。おーい、結晶洞窟さーん」
「はい。降参ね。受理しました。全てのチャレンジャーを退去させます」
おれたちは強制的に外へ出された。おれはまだ納得いかないが、アオイは以前、他の☆7に勝ったことがある。出直して再挑戦するという判断に間違いはないはずだ。
「技構成を変えよう。ニトロチャージを消してクリアスモッグを入れる。持ち物はおんみつマントに変更で」
攻撃は強化しないのか。それで勝てるのか?
「味方がマヒさせてくれたらね。あとはもう運だなあ」
運任せかよ! 頼りねえな。
「しかたないよ。回復で手一杯だから、つるぎのまいを使うヒマがないし。とりあえず、変更が終わったら再挑戦しよ」
わかった。言っとくが、おれは勝つまでやるからな!
「もちろん。あたしだって、勝つまでやるよ。よし、変更おわり。行こう!」
おれたちは☆7レイドに再挑戦した。クリアスモッグを覚えたおれは相手がステータスアップするたびに打ち消す。バリヤーが張られた後はテラスタルし、ジュナイパーがハラバリーのほうでんでマヒしたすきをついてつるぎのまいを使った。おんみつマントで3ほんのやの追加効果は防いだから、これで回復量は足りる。急所にくらわなければ。
「よしよしよしよしいけるいけるいけるいけるっ」
背後でアオイが興奮していてやかましいが、段取りは終えた。あとは小細工なしでひたすら攻撃するだけだ。ジュナイパーはステータスアップをやめて、全力で攻撃してくる。おれも全力でむねんのつるぎを撃ち続け、ついにジュナイパーのHPを削りきった。ジュナイパーのテラスタル装甲と冠が砕け散り、あたりに破片が飛び散る。テラスタルがとけた衝撃で、ジュナイパーはふらついている。
「よくやった! ゲットは任せろ!」
アオイはボールをかまえ、ジュナイパーに投げつける。ジュナイパーは輝くボールに吸い込まれ、視界から消えた。床に落ちたボールはまだ揺れている。ボールが完全に閉じるまで、おれは警戒を解かない。
「君のPPは尽きてるし、何かあっても抵抗する手段はないと思うけどなあ」
のんきなこと言ってんじゃねえ! ボールが閉じたぞ、さっさと拾え!
「はいはい。言われなくても拾うよ」
アオイがボールを拾い上げてゲットが確定した。これで試合終了だ。
「私に勝ったわね。おめでとう。あなたは私の自慢の子よ」
母さんがアオイよりも先におれをほめてくれて嬉しい。挑戦してよかった。
「ありがとうアオイ。私の子を強くしてくれて。使いこなしてくれて嬉しいわ」
「ほめてくれるのは嬉しいですけど、これ以上ソウブレイズを使いこなす試合はしたくないですね…疲れました」
アオイはリュックにジュナイパー入りのボールをしまいながら応えた。嬉しいと言いながら笑っていないのは、本当に疲れているからだろう。ポケモンバトルでも真剣勝負になると人間も疲弊するらしい。
「何を言ってるの。あなたは稀代のソウブレイズ使いよ。だから次回もがんばって!」
「その時までに回復してたら考えます…とりあえず外に出してもらっていいですか?」
「あら。いけない。忘れてたわ。トレーナーのみなさん、ポケモンをしまってくださいな。外に出しますよー」
おれたちは再び、外に出された。青空の下で振り返ると、母さんは淡く輝いている。
「☆7チャレンジ、おつかれさま! 次は☆6電気のレイドで会いましょう」
うん。おれ、また会いに行くよ。それまで元気でな。
「ええ。アオイも元気で。それじゃあ、またね」
「はい。結晶洞窟さんも、おつかれさまでした」
真っ黒な母さんの姿が薄くなり、おれたちの前から消えた。
「ふー。今回も勝ててよかった。ソウブレイズ、ありがとう」
礼をする気があるんだったら、さっさとおれをテラスタルチェンジに連れてけ! 次は地面タイプだ!
「えっ。なんで?」
決まってるだろ。母さんに勝つためだ! もう一度母さんに勝って、次こそは!
「次こそは?」
最高の子って呼ばれるんだ! だから早くしろ!
「称号のグレードアップ狙い!? 向上心があるのはいいけど、勘弁してよ…」
こうしておれたちの冒険はいったん幕を閉じた。ボールの中にいるジュナイパーはあきれただろうが、そんなことは関係ない。おれはまた必ず母さんに会いに行く。待ってろよ、母さん。いつか証明してやるからな。おれこそが母さんの最高傑作だって! END.